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特集 (2)晴:高校ではカツラをかぶって聖子ちゃんメドレーを

2014年9月12日更新
写真:小餅谷哲男(右)と晴雅彦=撮影・岸隆子 小餅谷哲男(右)と晴雅彦=撮影・岸隆子

――歌っていたらいい大学ですか(笑)

晴:歌しかしないなら、ものすごええなぁと思って。そしたら、全然違ったんですよ。入ったら文学や歴史、語学などの勉強もありました(笑)。私も小餅谷さんと同じように、高校1年生のころヤマハ音楽教室に通って、ボーカルコースでポピュラーを歌い始めたんです。ポピュラーの発声と、クラシックの発声は違うからとヤマハの先生に言われたので、ポピュラーをやめて声楽に専念して、そのまま音大に入ったのですが、ラッキーなことに、音大では1年生でプロのオペラ団体の合唱に出演することができるんですよ。それから機会をもらって色んな合唱に出て、オペラって楽しいなーと。それまでオペラなんて見たことがなかったんですけれどね。とにかく楽しかった。音大を卒業してもその延長でオペラに出ていて、気がついたら今になっていた。オペラ歌手になろうって決めたわけじゃないんですよ。もちろん、うまくなりたいと思って、勉強は今も続けているんですけれど、急にオペラ歌手になろうとポッと思ったことはないんです。

――好きで続けているうちに、オペラ歌手という方向に進んだのですね。

晴:知らない間に、世間でオペラ歌手って言ってもらえるようになった。

小餅谷:ドレス着て歌っているからじゃない(笑)?

晴:それは聖子ちゃんだけ。高校の文化祭では長いドレス着て聖子ちゃんメドレーをしました。髪の毛は聖子ちゃんカットのカツラかぶって(笑)。聖子ちゃんがすごい好きでピンク・レディーよりはまりましたね。ファンクラブにも入っていたんです。

――そのときはポピュラー歌手を目指そうとは思っていなかったのですか?

晴:思ってたんですよ。ポピュラー歌手になりたかったけど、大学は行っといたほうがいいかなと。今はね、大阪音大もポピュラー科やジャズ科があるんですけど、当時は声楽科しかなかったから。

小餅谷:僕もジャズ科があれば、ハモンドオルガンもやっていたので、ジャズ科に行きたかったんです。そのときのパイプオルガン科に行きたかったんですけど、テクニックがダメやって、今からだったら歌しかないと言われた。

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