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特集 (2)藤岡:質感まで表現するメロディーが秀逸

2015年1月6日更新
写真:藤岡正明=撮影・斎藤泉 藤岡正明=撮影・斎藤泉

――四宮さんからオファーを受けて出演を決めた藤岡さんは、作品にどんな魅力を感じましたか?

藤岡:作品は悪い意味ではなく、とてもシンプルなお話で、すごくストレートだしわかりやすいお話だなと思いました。ただ、そのなかにトレイルコースを歩くという、日本語でいうと何ですかね……ハイキングより、もう少し過酷なイメージですよね。登山とハイキングの間みたいな。すごく長い距離を歩くなかで景色が変わり、セスとマイクが苦しみと過去のトラウマから解き放たれるところにいきつくまでに、そうしたプロセスを踏むということが、お客さんを違う世界に連れて行って、小旅行に出るように見てもらえるようなすがすがしい印象のある作品だと思いましたね。

 そして、物語に乗る音楽が秀逸だし、メロディアス。僕も曲を作る人間なので、言い方は悪いんですけれど、人を感動させられそうな音楽、ドラマチック風な音楽を作ることは実はそんなに難しいことではなくて、そのなかで、音楽を使って質感を表現したり、いかに足したり引いたりできるかが、作り手としては重要だしセンスが問われるものだなと思っているんですね。そういう意味では、この「TRAILS」は意外とループものっていうか、イントロのリフ(リフレイン)、イントロのコード感のままAメロに突入するという楽曲が多い作品なんですね。それは、リフや頭のメロディによほど自信がないとできないことなんです。

――そうなんですか。

藤岡:はい。ドラマチックにすることは簡単なんですよ、実は。ここでこういうコードを持ってきて、コードのおいしいところでメロディを作っちゃえば感動するよねとか。ここでトップをここまで持ってきちゃえばドキッとするよねとか。でもそうじゃないところで、たとえば僕が演じるセスでいうと、引きこもりの役なので、楽曲でドラマチックに表現すればするほどキャラクターとは逸脱してしまいます。でも、この作品ではセスというキャラクターに沿ってメロディが作られていたので、セスのナンバーはとても歌いやすかったし、僕自身は感情表現しやすかったなという気持ちを覚えています。

――この作品は、引きこもりであるセスの内的風景と、アパラチアの大自然との対比が音楽でとてもうまく表現されていたなと思います。

藤岡:そうですね。作品にもよると思うんですけれど、この作品に限っていえることはどんどんどんどん外側に粘土みたいに貼りつけていって大きくしていくような作品ではなくて、この作品は、役者個々が裸の状態で、いかに真っすぐな気持ちで取り組めているかが大事なんじゃないかなと思います。何かをデフォルメしていくことよりも、その感情の流れとか感情の変化をいかに掘り下げていけるか。リアルに涙を流したり怒ったりすることに忠実に取り組んでいくことで人の心を打てるようになればと思っていました。

――役柄的には、セスは引きこもりという役柄で、藤岡さんはわりと明るいイメージがあるんですが……。

藤岡:そうなんですよね。

――でも、舞台上では非常にリアルでナチュラルに演じていらっしゃるなと思いました。

藤岡:人ひとりが大人になっていく過程というのは、元気活発な時期もあれば、落ち着いてくる時期もある。それこそエイミーは活発で女王様というか、姫!って感じの女の子が大人になっていくと、とても落ち着いた冷静で寛容で魅力的な女性に変わっていく。その過程で、いろんな事件や出来事が起こることで、こう変わってきたんだなと感じてもらえるところにもっていきたい。話自体はフィクションで、これは虚構でしかないことですが、この虚構をどれだけリアリティを持つものに引き上げていくかというのは純粋に役者の仕事だと思っています。

 そういう作品、役に出会えるということはとてもやりがいがあるし、とても恵まれているな、光栄だなと思っています。これ虚構です、ハハ!ってやったほうが楽なんですよね。でも、虚構をそうではないところまで持っていくことはそれだけストレスもかかるし、精神的にも疲れる、体力のいる仕事だと思うんですけれども、しっかり作っていかないととてももろいものになってしまう。それを描き切れる可能性のある、純粋にパッションの強い作品だと思うので、しっかり取り組んでいきたいなと思います。なんか、難しいことばかり言ってすみません(笑)。

――いえいえ。素晴らしいです。それでは、藤岡さんがセスに共感する点やセスの魅力について教えてください。

藤岡:人間ひとりが成長するときに、その人の心の中には限りない宇宙が広がっていると思っていて、それが活発であったり発言が積極的な人は見えやすいと思うんですけれど、引っ込み思案な人がじゃあ何も考えていないかというと、すごく考えていたり、知識があったりすると思うんですよね。人はパッと見たぐらいでは、その人を計っても計りしれないものを持っていると思うんです。そういう部分をセスにはすごく感じています。

 初演の物語はセスの回想として展開していたので、今回の新しい脚本ではどのようになるかわからないんですが、セスの心の中の世界観はとてもビビッドに存在しているなと思います。それは、自分も何かを作るときに落ち込んでいるときとか……そんなにないんですけど(笑)、そういうときは人間のもろさとかいびつさが出ると思うんですよ。ふだん悶々(もんもん)としていることが言葉にはなっていないんですけれど、ようはそれが言葉になって色になってストーリーになって、音楽になって、セスという人間の中ではじけてあふれ出たときにああいう過去の現象だったり音楽になったりするんだなと共鳴するんだと思います。

 人間て、そんなに鋼みたいに硬くはなくて、そのもろい部分を隠して生きている部分があると思います。だから、音楽でもよく応援歌とかあると思いますけど、強い応援歌は人には届かないと思うんです。自分も同じように苦しんでいるからこそ、応援歌って響くと思うんですよ。お客さまもいろんな闇や苦しみ、歯がゆさを持ちながら見に来てくれるからこそ、セスはきっと生きられるんだと思います。僕自身も歯がゆさや闇、傷、苦しみ、いら立ちを持ち続けていくことで、そこに共鳴してもらえるんじゃないかなと思います。

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