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特集(4)震災後の「ロミジュリ」が伝えたもの

2011年3月29日

 東京公演も千秋楽まであと10日を残すばかりとなった3月11日、東日本大震災は起こった。地震は幕間に起こったため、幸い舞台上での事故などは起こらなかった。2幕は中断。交通網のストップで帰宅難民となった観客たちのなかには、そのまま東京宝塚大劇場の客席で一夜を明かした人もいた。

 その後、翌日だけは休演となったが、2日後の13日からは収益の一部を義援金とするチャリティー公演として再開。大規模停電の恐れが出た17日の夜公演のみ中止となったが、それ以外の公演は通常通り上演され、無事に千秋楽を迎えることができた。

 私は19日16時の部を観劇したが、とりわけ第2部、両家の憎み合いが最高潮に達し、早霧マーキューシオと緒月ティボルトが睨み合う場面のリアリティに圧倒された。地震が起こる前とは、まるで別物のようだった。そして、憎み合うことの無意味さに気付いてしまった、未涼ベンヴォーリオのとまどい。皮肉にも今回の不幸な経験で、出演者一人ひとりの「役者としての引き出し」は確実に増えていることを痛感した。

 地震後の1週間で東京を襲ったのは余震や停電の恐怖だけではない。それ以上に私が怖ろしかったのは、異常時のなかで露呈されていく人の心の醜さだった。「不謹慎」という金科玉条を振りかざすことで、平然と人の自由を奪う人。ネット上での心ある発言に対して無記名で一斉に襲い掛かる罵詈雑言。買い占めによって、あっという間にすっからかんになったスーパーの棚。福島県の人たちに襲いかかる、まったく根拠のない差別発言…。

 その有り様は、「憎しみ」が渦巻くヴェローナの街を思い起こさせた。かくいう私にも同様の心は潜んでいるという自覚が、さらに自分を苦しめた。

 音月ロミオの歌う「僕は怖い」は、あのとき客席にいた人の心そのままだった。未涼ベンヴォーリオの歌う「どうやって伝えよう」は、悲惨な現実を受け止め、伝えなければならない被災地の人たちの哀しみに重なる。2人の死と引き換えに、ようやく過ちに気付くヴェローナの大人たち。天国のロミオとジュリエットが、白い霞のなかで踊る。いつもは「お約束」と思って観ていたデュエットに、これほど心洗われたことも、かつてなかった。

 だが、この日最高のドラマは最後に起こった。フィナーレも大詰め、いよいよパレードに移ろうかというときのこと。恐れていた「余震」がついに来てしまったのである。

 「揺れてる!」にわかに客席はざわめいた。しかし、舞台上の雪組生たちは、大階段の上にいる下級生に至るまで、淡々と踊り続ける。そして、トップスター音月桂が、満面の笑顔で銀橋のセンターに走り出てきた。

 その笑顔からは、「絶対大丈夫、だから安心して!」というメッセージが伝わってくるようだった。それに応えるかのように、客席からも大拍手が送られる。揺れは次第におさまった。「勝った!」…なんだか、そんな気がした。

 最後に、飛鳥組長とトップスター音月桂から、それぞれ挨拶があった。飛鳥組長は、その挨拶のなかで「私たちにできることをして、皆さんを勇気付けていきたいと思う。どうか上演にご理解をいただきたい」と語った。続いて挨拶した音月桂の表情は、舞台をやり遂げた達成感と安堵感で、思った以上に晴れやかだった。

「タカラジェンヌは、強い。そして、タカラヅカは、素晴らしい!」
私の頭には、ただただ、そんな言葉しか浮かんでこなかった。

 震災後、わずか1週間ではあったけど、「ロミジュリ」の舞台は、震災に傷つき疲れた人々の心に寄り添い、勇気を与え続けてきた。その意味で、この名作はさらに忘れ難い作品となるだろう。物理的、精神的に大変な状況のなかで公演を続けてきた雪組メンバーと劇場スタッフの方々には心からの敬意を表したいと思う。

 現実はお芝居のように簡単にはいかないかもしれない。だからこそ、ロレンス神父と乳母がロミオを諭す、「さあ、希望を持とうよ。神はまだ我々をお見捨てにはならない」というフレーズが心に響く。被災地の皆さまが、そして今回の震災で傷を受けたすべての方が、再び元気を取り戻し、再生の一歩を踏み出せる日が来ることを願ってやまない。

《筆者プロフィール》中本千晶 フリージャーナリスト。67年山口県生まれ。東京大学法学部卒業。株式会社リクルートで海外ツアー販売サイトの立ち上げおよび運営に携わる。00年に独立。小学校4年生のときに宝塚歌劇を初観劇し「宝塚に入りたい」と思うも、1日で挫折。社会人になって仕事に行き詰まっていたとき、宝塚と再会し、ファンサイトの運営などを熱心に行なう。宝塚の行く末をあたたかく見守り、男性を積極的に観劇に誘う「ヅカナビゲーター」。

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