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特集(3)義援金、涙が出るほどうれしくて…

2011年10月5日

写真:朝海ひかる

撮影・小林勝彦

――東日本大震災はご自身にとっても大きいものだったと思うんですが。みやぎ夢大使をされていますし、ご自身で義援金も作られてますよね。義援金活動を始められた時の思いはいかがだったんでしょうか?

 やはり、みやぎ夢大使という名ももらっていますし、それだけではなく自分のアイデンティティーというか、宮城県がああいう状態になってしまって、思ってもみないような津波にのまれてしまう。自分が育った場所がああいう風に津波にのまれる映像を目の前にして、やはり自分はこういう職業がら、何かみなさまに訴える力がちょっとでもあるのならば、そういうことをやりたいな、やれるのかなということがあって。そういう思いがあったところ、知人やいろんな方から背中を押していただきまして、まわりの方に助けていただいて義援金というものを設立させていただきました。

――大変な部分もあったかと思うのですが。

 そんなことよりも、みなさまが金額ではなく、入れて下さるお気持ちが涙が出るほどうれしくて…。こういうことだったんだなと思いました。義援金というとニュースなどでは、いくらいくら集まりましたという金額ばかり見たりするんですけど、そうことじゃないんだなと。今回あらためて自分で設立してみてわかりました。

――ミュージカル「おもひでぽろぽろ」は東北を舞台とした作品で震災直後の上演でしたが、演じてみていかがでしたでしょうか?

 ジブリの名作でもありますので、最初はプレッシャーがあったんですが、「わらび座」の本拠地、秋田の角館(かくのだて)でお稽古させていただいたんですけど、大自然に囲まれてこの作品を作ることができました。自然と向き合うような形でこの作品と向き合うことができ、プレッシャーとか演じるのに余計なものをすべて取り払ってくれたような気がしました。震災のあとということもありまして、よりお客さまに訴えられる日本人のもともとのあり方というか、里山暮らしを新たに考えていただけるきっかけになったのではないかなと思います。

――リアルな自然の中でお稽古したことで癒されるみたいな感じだったんですか?

 そうですね。東京にいると自分の家と稽古場の往復であったり、自然は木が植えてあるぐらいですよね。それが山があったり川があったり田んぼがあったりっていう自然の風景を見ているなかで、作品もそうなのですが人間と自然が調和して生きていくという、そのお手本みたいなものが稽古場の外に行けばありました。

――脚本の中だけじゃなくて稽古場の外にそういう調和した世界があるということですね。

 日本人はそういうものを大事にしたり、心のどこかに必ず置きながら生活していくべきだなぁと、そういうものを忘れ去っては絶対いけないなと、あらためて思いました。

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