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特集(2)高世:あやめ池時代の学びが宝

2012年4月5日

写真:高世麻央

撮影・小林勝彦

桐生:桜花さんは当時から、常に誰よりもお稽古をされる方という印象で、朝からずっとお稽古されていたのを鮮明に覚えています。

桜花:私は不器用なんです。

――「不器用…」、同じ言葉を「ADDIO」のインタビュー時にも耳にした事を思い出しました。

桜花:つかむのに、すごく時間がかかるので。

――その桜花さんの背中を見ながら、みなさまここまで来られたのですね。

高世:それは大いにあると思います。桜花さんが、いつも早くから色んなお稽古をされている姿を見ていましたし、桜花さんの言動からも学ぶ事が多かったです。長期公演だからこそ感じられたあやめ池時代の学びが、今、私たちの宝になっていますね。

桜花:恥ずかしいです。

一同:(笑)。

桜花:当時は新人公演が多かったので、同世代や若手メンバーと話し合って1つの作品を作った思い出が強いですね。それが今、90周年を迎えるOSKにもすごく反映しているなと思います。

写真:大阪松竹座(大正12年ごろ)

大阪松竹座(大正12年ごろ)=写真提供・大阪松竹座

――さて、ここからは、昔のモノクロ写真を見ながらお話を伺いたいと思います。

桜花:「OSK日本歌劇団創立90周年記念公演」チラシの裏に、大阪大空襲の時の話が載っています。「『忠信奮戦』の舞台稽古中で、振付の初代尾上菊之丞さんの指示でみな衣裳だけ持って地下でふるえてました。おさまってから稽古再開…。鉄筋の松竹座は焼け残り道頓堀は灰になっていました」と秋月恵美子さんが語られたそうです。

高世:当時の大阪松竹座の写真がありますね。

桜花:戦後は、貧しくてきらびやかにする衣裳がないから、足袋のこはぜをスパンコール代わりにしたと聞いた事があります。私たちは劇団解散を経験しましたが、大変な時代をくぐりぬけてこられた先輩方がいらっしゃって、今があるんだなと実感します。今こうやって90周年を迎えさせていただき、すごく意味のある時期に公演させてもらっていると思うので、この華やかな時代を引き継ぎたいという思いが強いです。

高世:昔はセットもすごく大掛かりで、2階建てみたいになっている所に乗っていたようです。

――水を使うなど、ダイナミックな演出もあったようですね。

桜花:オーケストラもありましたしね。

写真:「秋のおどり 輝く日本」

「秋のおどり 輝く日本」昭和7年10月=写真提供・大阪松竹座

――秋のおどりの写真もあります。

高世:当時の公演では、甲冑(かっちゅう)を着ている人など、皆さん色んな格好をしていて、すごく斬新ですね。きっとその時代は、公演自体があまりできなかった中で、それでも最先端を行ってたんだろうなと思います。

――「松竹百年史」を読むと、海外公演もたくさん行かれていたようですね。

高世:過去の資料を見ると、OSKが歴史のある劇団だと実感して、鳥肌が立ちますね。自分たちの上級生が誇らしく思えます。

――海外公演が華やかに行われていた時代の資料を読みながら、個人的な印象ですが、「春のおどり」は今でも海外で受けるのではと思いました。

高世:やりたいですね。

(全員がうなずく)

――OSKが日本代表として「桜の国」の演目を海外に持っていかれるチャンスがあったらいいなと昨年の「春のおどり」公演を観ながらも思っていました。

桜花:先輩たちが日本の代表として、海外でも楽しんでいただける舞台をお届けしていたので、魂を引き継いで私たちも頑張らせていただきたいと思います。

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