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特集(3)歌劇団員、第2期生を募集

2012年5月17日

写真少女歌劇団募集の記事=1914年(大正3年)4月21日付紙面より

 少女歌劇がスタートして20日後の1914年(大正3年)4月21日の大阪朝日新聞9面には、新たに第2期生の団員を募集する記事が掲載されている(写真上)。3年間の修行で科目は声楽・器楽・ダンス等で、当時は15歳までの募集で修業中は相当の手当てを給するはず、と書かれている。

 公演の演目名が初めて朝日新聞に登場するのは1914年(大正3年)4月26日の10面の広告。「日本で初めての少女歌劇(オペラ)」とわざわざ歌劇に「オペラ」と仮名をうっており、演目は「ドンブラコ」「浮れ達磨」「胡蝶の舞」など、花やかで面白いと宣伝している(写真中)。

 一方、1914年(大正3年)5月15日には「寂れ行く宝塚」という見出しの記事も掲載されている(写真下)。年々人出が少なくなってきて空き家も目立ち此の末どうなる事かと憂いながらも、夏へかけて人出が増えることを期待している。

写真少女歌劇の広告=1914年(大正3年)4月26日付紙面より

写真「寂れ行く宝塚」の記事=1914年(大正3年)5月15日付紙面より

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