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特集(4)初の東京公演、帝国劇場に登場

2012年5月17日

写真宝塚少女歌劇公演の広告=1918年(大正7年)5月23日付紙面より

 初めて宝塚少女歌劇が東京で公演を行ったのは1918年(大正7年)5月26日。朝日新聞はこの頃から宝塚少女歌劇をよく取上げるようになってゆく。23日付の東京朝日新聞には大きな広告が掲載され(写真上)、日本で一番清い新しい厭味のないもので、西洋楽と日本の舞踊が巧みに混和されていて、などと書いている。また良家の少女に音楽舞踊を教育しているので、「宝塚の女優」ではなく「歌劇の生徒さん」と呼んでいると説明している。

 1918年(大正7年)25日付の7面には、「少女歌劇」との見出しの劇評が掲載され、生徒の名前や劇の内容が出ている。西洋を日本化したものでなく、日本のものに西洋の衣をかけ、稽古を積んでいて毒々しくないのが良い、全体に嫌みがないのが取柄だろう、と好意的に書いている(写真下)。

写真「少女歌劇」の記事=1918年(大正7年)5月25日付紙面より

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 この連載は月1回の掲載で、次回は、生徒と劇作担当者の結婚話などで、少女歌劇が一躍世間の関心を集めるようになった時代を紹介する予定です。

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⇒「朝日新聞で見る宝塚の100年」の記事一覧はこちら

【1】阪急の前身「箕面電鉄」が誕生
【2】「ドンブラコ」で少女歌劇はじまる
【3】劇作担当者と生徒の結婚で大騒ぎ
【4】「レビュー」の誕生〜華やかな時代へ
【5】戦時下の宝塚と初めての海外公演
【6】戦後の宝塚〜新たな宝塚時代の幕開け
【7】大ブームを起こした「ベルばら」
【8】宙組誕生、「新専科」制度
【最終回】宝塚歌劇、100年に向かって

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