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特集【公演評】祈りと怪物
演出対決も面白い!4時間の大作

2013年1月23日
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 上演時間4時間余りの超大作「祈りと怪物 〜ウィルヴィルの三姉妹〜」蜷川バージョンが、東京・Bunkamura シアターコクーンにて上演中だ(2月3日まで)。この作品は、ケラリーノ・サンドロヴィッチの手になる脚本を、ケラリーノ自身と蜷川幸雄の2人がそれぞれ演出してみせるという趣向でも注目を集めている。2012年12月のKERA版に続いて、現在は蜷川版が上演されている。(フリージャーナリスト・中本千晶)

 ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を三姉妹に置き換えたら? という発想から始まっている本作品。いずれの時代か場所かもわからない架空の町ウィルヴィルが、物語の舞台だ。町を牛耳っているエイモス家の当主ドン・ガラス(勝村政信)が「カラマーゾフの兄弟」でいうところのフョードルに当たるだろう。彼には、婚期を逃した長女バララ(原田美枝子)、奔放な次女テン(中嶋朋子)、我儘な末娘マチケ(宮本裕子)がいる。

 出生の秘密を持つ流れ者ヤン(染谷将太)がスメルジャコフ、そしてマチケが想いを寄せる足の悪いトビーアス(森田剛)が差し当たってリーザといったところだろうが、ストーリー展開自体には「カラマーゾフの兄弟」との関連性はない。だが、悪逆の限りを尽くしつつ、なおも逞しく生きるエイモス家の人々には、カラマーゾフに通じる「血の濃さ」が感じられる。

 この町には、「ヒヨリ」と呼ばれる被差別民がいて、虐げられ続けている。誰もが、自分を押し殺しながら生きる町なのだ。エイモス家の大長老は、当年108歳のジャムジャムジャーラ(三田和代)だが、彼女には双子の妹ドンドンダーラ(三田/二役)がおり、自分がエイモス家に嫁げなかったことを悔やみ、いまだに姉を呪いながら生きている。心優しき孫のトビーアスは献身的に祖母の世話をしているが、ひょんなことからエイモス家に仕えることになってしまう。

 ある日、怪しげな錬金術師ダンダブール(橋本さとし)と頭のヨワい超能力者パキオテ(三宅弘城)が町にやって来た。彼らが売り付ける「願いがかなう薬」に町の人々は熱狂する。だが、この薬こそが、町を滅ぼす元凶となる。町の人々は自らの欲望に絡めとられて不幸になっていく。夢や希望といった甘いデコレーションは一切なしの4時間。だから見終わった後はやりきれない気分になる。

 そうした中で、自分に嘘をつかず素直に生きようとするパブロ(満島真之介)とレティーシャ(野々すみ花)は、「スターファイル」インタビューで野々が「若者の純粋さとか健気さとか、危うさとか、壊れそうな感じを表現する役割」と語ったとおり、まさに一服の清涼剤のような存在だが、作者は残酷にも、そんな2人に最も凄惨な結末を与えている。ガラスを倒し町を救おうとする教師ペラーヨ(村杉蝉之介)の崇高な志さえも、醜く崩壊する。唯一、その後の安らかな日々を予感させるのは、欲望の幻想を断ち切ることに成功したメメ(伊藤蘭)とアリスト(大石継太)の夫婦ぐらいではないか。

 群像劇としての色彩が強かったKERA版に比べ、蜷川版ではトビーアスを主人公とし、ドン・ガラスを客観的に見つめる者としての存在感を際立たせることで、複雑な物語をわかりやすく整理した。シンプルな舞台装置に、黒紋付や留め袖姿の「合唱隊」がラップ調で語るキッチュなナレーション。ひたすらにリアリティーを追究したKERA版とは対象的な演出だ。タイトルの「祈りと怪物」に関しても、「怪物」としてのエイモス家のドン・ガラスに対し、それぞれの幸せを求める町の人々の「祈り」があるという風に、台詞や祈りの仕草で意味合いをはっきりと打ち出している。

 不思議なことに、KERA版では「こんな奴、死ねばいい!」と本気で思ってしまうほどに憎々しく、ふてぶてしい存在であったドン・ガラスが、蜷川版ではどこか哀れで、それでいて滑稽で、気の毒な感じがした。最後、舞台の奥が開き屋外が見えるというシアターコクーン独自の機構を生かして、はるか向こうに消えていくドン・ガラスは、二度と戻っては来ないだろうという気がした。KERA版のガラスにはあわよくばエイモス家を再興してやろうというふてぶてしさがあって、その生命力にアッパレとさえ思ったのに。

 KERA版が人間の醜さ愚かさをこれでもかといわんばかりに突き付け、絶望的な気分に陥らせるのに対し、蜷川版にはそんな人間たちをどこか冷静に、客観的に見つめて笑う余裕がある。客席の笑い声も心なしか多く感じられた。通好みのKERA版に対し、より消化しやすく後味の良いように料理された蜷川版といったところか。ほぼ同じ脚本でありながらこれほどに違う感じを受けるのが面白い。脚本の力、そして演出の妙味を感じさせる試みだ。

 宝塚卒業後、本作品が初舞台となる野々すみ花が、宝塚のトップ娘役から女優としての第一歩を踏み出した。レティーシャ役でも演技派の野々らしい繊細な役作りが光ったが、加えて冒頭にいかにも野々らしい一瞬の見せ場が設けられているので、宝塚ファンの方はお見逃しなく!

 「人生って素晴らしい」などとは全然思わない。それでも4時間余りの舞台を観終わった後、まるでひとつの人生を生き切ったような達成感を覚える、そんな作品だった。

【フォトギャラリーはこちら】

【野々すみ花インタビューはこちら】

◆「祈りと怪物 〜ウィルヴィルの三姉妹〜」
◆KERAバージョン
《東京公演》2012年12月9日(日)〜30日(日) Bunkamura シアターコクーン
《大阪公演》2013年1月11日(金)〜14日(月・祝) イオン化粧品シアターBRAVA!
※公演は終了しています。

◆蜷川バージョン
《東京公演》2013年1月12日(土)〜2月3日(日) Bunkamura シアターコクーン
《大阪公演》2013年2月9日(土)〜17日(日) シアターBRAVA!
⇒詳しくは、Bunkamura「祈りと怪物 〜ウィルヴィルの三姉妹〜」特集ページへ http://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/13_inorininagawa/index.html

《筆者プロフィール》中本千晶 フリージャーナリスト。宝塚関係の著作に「宝塚読本」(文春文庫)、「なぜ宝塚歌劇に客は押し寄せるのか」(小学館新書)、「なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか」(東京堂出版)。2012年11月に「ヅカファン道」(東京堂出版)を出版。Astandスターファイルでも「ヅカナビ」連載中。

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