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特集(1)後期ロマン派と古代ギリシャの音楽を元に

2013年7月1日

写真:音楽劇 アルセーヌ・ルパン「カリオストロ伯爵夫人」制作発表会見・プレイベントより音楽劇 アルセーヌ・ルパン「カリオストロ伯爵夫人」制作発表会見・プレイベントより=撮影・伊藤華織

司会者:まずは劇団代表でプロデューサーの河内喜一朗より、ご挨拶をさせていただきます。

河内:本日は本当にお忙しい中、スタジオライフ公演「アルセーヌ・ルパン カリオストロ伯爵夫人」のプレイベントおよび制作発表会見においでいただきまして本当にありがとうございました。この物語は、アルセーヌ・ルパンという世界中に名の知られている男の物語です。一説には、この小説が描かれた1920年代のフランスでは、モーリス・ルブラン自体がアルセーヌ・ルパンではないかという噂が立ったそうです。ルブランもちょっとおかしくなって、自分はアルセーヌ・ルパンだと名乗ったこともあるという説もあります。

 「カリオストロ伯爵夫人」は、まだアルセーヌ・ルパンが、ルパンと名乗らずにラウール・ダンドレジーという名前を名乗っていた弱冠20歳の頃のお話です。そして、登場するカリオストロ伯爵夫人は悪しき妖艶な美女、一説には100歳を超えるという不思議な美女ですが、ラウールは彼女との出会いによって人生を狂わされていきます。ラウールは男爵という爵位をもって生きていきたかったが、アルセーヌ・ルパン参上と名乗らざるをえなかった顛末をこの物語で表していきたいと思っています。どうぞご期待ください。

 今回の一番のおすすめの点は、倉田が「カリオストロ伯爵夫人」を選んだ理由のひとつにもなるんですが、この音楽を担当するのが「翼をください」を作曲したことで有名な村井邦彦さんなんですね。この村井さんは美術を担当される宇野先生のご紹介で、一昨年「夏の夜の夢」を上演しているときにお会いすることができました。そのときに村井先生から「一緒に何かできたらいいね」という言葉をいただきまして、非常に感動しました。その後一か月もたたないうちに、倉田が「カリオストロ伯爵夫人」を音楽劇にしたいと言い出しまして。それが発端で、この作品は始まりました。

 村井先生はロサンゼルスのビバリーヒルズに住んでおりまして、2回ほど打ち合わせのためにご自宅に伺いました。お隣はジョディ・フォスターさんの家だそうで、僕は口があんぐと開いたまま、「おはようございます」と言った記憶があります。そこで、村井先生といろいろとお話をしました。私の拙い言葉より、その時の村井先生のお言葉を朗読する方が、村井先生の音楽に対してより深いご理解をいただけるのではないかと思いますので、ちょっと村井先生のお言葉を読ませていただきます。

 僕らの「作曲はどのような切り口から始められたのですか?」との問いに、村井先生が答えてくださいました。「参考に日本で上演されているミュージカルをいくつか見たのですが、音楽がみなカラオケだったんですよね。カラオケではつまらないなと思って、ピアノ1台でもいいから、生身のミュージシャンと役者と演出スタッフが一緒になって、芝居との一体感を作りたいという考えを持ちました。結局、ピアノ、バイオリン、パーカッションの3人編成にしたのですが、それが入り口ですね」。

 「モチベーションになったのはどんなことか?」との問いには「それは原作の本をいただいた時点でイメージ作りを始めました。ちょうど去年の12月にスタジオでライブをすることになり、試験的に作った2曲を演奏することになりました。そのときに『カリオストロ伯爵夫人』のどす黒くてスリリングなメロディを作って、もうひとつはクラリスをイメージして清純なメロディを作り、そこから出発をしました。

 スリリングなメロディというのは、ある音階で作ったんです。その音楽をこの作品の最初から最後までの音の基本としたんです。どんな音楽か楽しみにしてください。もうひとつのクラリスのテーマは、古代ギリシャの時代、もしかしたらもっと前から来ているかもしれないのですが、「教会旋律」という音階があり、それを元として作りました。このふたつの音階が作曲の入り口となりました。

 原作が書かれたのは1924年ですが、作者のモーリス・ルブランは懐古趣味があったようで、ストーリーは1870年代頃から始まります。日本でいえば大正末期に、明治維新から後のことを書いているわけです。当時のフランスの状況は、普仏戦争でフランスが敗北し、ナポレオン三世の時代が終わり、政治的には混乱していましたが、ベル・エポックという繁栄の時代を謳歌していた頃です。ヨーロッパの最盛期で、世界中の富がロンドンやパリに集まってとてつもない文化を作り上げていたのです。パリに行くとオペラ座をはじめ、ナポレオン三世の下でパリの再開発に取り組んだ(ジョルジュ・)オスマンの作った街並みがそのまま使われています。それがパリの魅力になっています。

 私も懐古趣味があって、あの時代のロマン派の音楽が大好きです。ロマン派というのは、19世紀を通じて西洋音楽の中心にあったのですが、19世紀後半になると後期ロマン派が出現し、音楽が複雑になり、不協和音がたくさん使われるようになります。この芝居をやる時に最初にひらめいたのが、その頃の後期ロマン派の音楽を掘り起こして新しい作品を作ろうということでした。作曲の依頼を受けるちょっと前に、最後のロマン派といわれるセルゲイ・ラフマニノフが演奏した楽譜を手に入れて、今回編曲をしてくれたクリスチャン・ジャコブと譜面を見ながら、すごくいいねと感心したこともロマン派音楽を取り上げるきっかけになりました。ラフマニノフはロシア革命の後、スイスやニューヨークに逃げて晩年はうちの近所のビバリーヒルズに住んでいたんです。1943年に亡くなりました」。

 と、このようにおっしゃっていて、後期ロマン派の音楽を参考に作曲をしたという曲が全部で8曲ございます。そちらも期待していただけたらと思います。この会の最後に、その中の2曲を歌っていただきますので、どうぞ最後までゆっくり楽しんでいただければと思います。本日はどうもありがとうございました。

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