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特集(1)バレエを始めた理由は?

2013年7月9日

写真:宮尾俊太郎撮影・廣江修

──バレエを始められたのはいつ頃、きっかけはなんだったのでしょうか?

 14歳の中学3年生でした。それまで、水泳や剣道はしていましたが、踊りは全くしていませんでした。そんな時、熊川哲也さんがコーヒーのTVコマーシャルに出演されていたのを見て衝撃を受けました。カッコいいなー!っと。

──飛んでる映像でしたよね?

 「違いが分かる男」のCMです、僕も違いが分かりたいな、と(笑)。

──留学はフランスのカンヌにあるロゼラ・ハイタワーでしたよね。

 札幌でバレエのセミナーがあり、参加した時に、次のシーズンからロゼラ・ハイタワーの校長になるモニク・ルディエール(パリ・オペラ座の元エトワール)に「良かったら来ませんか?」と誘っていただいたんです。

──モニク・ルディエールに直接声を掛けられて、じゃあ行こうってなったんですね!

 そうです。僕はスタートが遅かったんですが、16、7歳ぐらいになると、まわりの小さいころからバレエをやってきて実績を積んできた精鋭たちは、みんな海外へ留学し始めていて、僕も機会さえあれば絶対に行きたいと思っていました。でも僕はスタートが遅いから、もっと経験をつまないといけないなって思っていたところだったので。

──それで、行ってすごく勉強ができた?良かったですか?

 そうです。良かったですね。

──フランスのバレエ、フランスメソッドはどういう所がよかったですか?日本で習っていたこととの違いはありましたか?

 フランスメソッドの足さばきに、とにかく僕は魅力を感じました。

──細かいアントルシャなど?

 そう、アントルシャなどのアレグロ系がやはりすごく多かったですね。また、当時向こうはコンテンポラリー作品が主流で、大きなバレエ団でないと古典作品はやっていなかったので、現代舞踊─コンテンポラリーが身近になって今までとはまた違った勉強ができたというのも大きかったです。

──Kバレエカンパニーはクラシックのレパートリーが多いですけど、コンテンポラリーとどちらが好きですか?

 やはり僕は古典が好きですね。でも、現代舞踊にも魅力は感じています。

──ところで、バレエを続けていると、厳しい現実に直面して、だんだんプロでやっていく才能がないと感じてやめてしまうといった例がたくさんあるわけですけれど、宮尾さんはそういったことで悩まれたことはないですか?

 特別、バレエで生活していくんだと思ったことはありませんでしたけれど、留学して向こうでオーディションを受けて、受かった人はビザを取得してプロになっていくんですが、僕はことごとくダメで帰国しました。それから3ヶ月間ぐらい何もしないでアルバイトばかりしていたんですけど。

──その時はバレエのレッスンは?

 いっさいしなかったです。そんな時期を過ごしてあらためて、自分に何が出来るかと考えると、勉強も留学をしたので高校を中退してしまっていたし、本当にバレエしかやってこなかったので、自分にはバレエなんだと思って、熊川さんが通っていた久富淑子先生の門をたたいたんです。

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