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特集【インタビュー】宝塚音楽学校「最高倍率」座談会
清く正しく美しく 1世紀

2013年7月8日

 タカラジェンヌを育てて1世紀。宝塚音楽学校が7月15日、創立100周年を迎える。史上最高の倍率だったのは1994年に入学した82期生の48.25倍。難関を突破した40人のなかで、いまは宝塚歌劇団を退団して女優になった紺野まひるさん(写真中央)、遼河はるひさん(同左)、月船さららさん(同右)の3人が学校時代をなつかしみ、同期の絆を確かめあった。(生活文化部・谷辺晃子)

 ※朝日新聞7月7日付紙面(大阪本社発行版)に掲載した3人のトークを、紙面より詳しく、たっぷり掲載します。有料読者の方は全文をお読みいただけます。



――それぞれ、初対面の印象は?

【紺野】ここ(月船と)はバレエ教室。ここ(遼河と)は受験スクールでした。あひちゃん(遼河)はショートだった。

【月船】(遼河を指して)迫力のある人がきたなあって。もはや予科生とは思えない迫力のある人。おっきかったし、ザ・宝塚の男役。

【遼河】そんなことないよ。嶺恵斗と受験番号が続いていたから、2人で目立っていたんじゃない?。

――受験のときの記憶は?

【紺野】東京の人はあか抜けているなって思った。ここ(月船)とわたしは関西で、(遼河は)名古屋なので。

【遼河】怖かったよね。

【月船】自信に満ちていたわ。

【紺野】やっぱり、沢樹くるみ、鮎奈さえの2人かな。つーんて感じがしました。「どこの出身?」って聞かれちゃった。「大阪です……」って。「初めて受けまーす」

【月船】東京弁というか標準語に慣れていないから、その迫力があったな。

【紺野】こっちは緊張しているから、人と話せないけど、みんな場慣れしている感じだった。私は高卒チームでお琴教室にいたの。蘭寿(とむ)さんも。

――平成の「ベルサイユのばら」後で受験者の増えた時期でした。

【紺野】天海祐希さんや真矢みきさんに憧れた。

【月船】受験するときからファン。真矢みきさんもビデオでみて好きなの。でも本当の舞台は1回しか見ていない。

【遼河】初めて見たのは「PUCK」だよ。

【紺野】わたしが一番古いわ。中2のときの「ベルサイユのばら」だから。天海祐希さんだった。うちの期は、ファン歴が浅いか極端に長いかって感じよね。

――それって何か影響しているか。

【紺野】うちの期はさっぱりした人が多くない?

【遼河】さっぱりです。

【月船】そうね。

【紺野】客観的にいうと、みんな宝塚に向いていなかったかなあ。みんなそう言っているよね。

【月船】みんな言ってる。入ったときは、先生方に「最高倍率なのに出来が悪すぎる」ってびっくりされた。歌も踊りも。

【紺野】でも、見た目はよかったと思う。きれいな人が多かったよね。

【遼河】そうそう、見た目はいいんですよ。合格した娘役さんをみて、こんな人形みたいな人がいるんだって思った。

【紺野】沢樹くるみちゃんとか。

【遼河】みき(叶千佳)とか。

【月船】ほんと、みんなかわいかった。

【月船】うちの期はプロっぽさをもってる。

【紺野】できあがっているよね。でも私たち、本科になっても「あなたたちは出来が悪い。下の期は出来がいいわ」って言われてた。

【遼河】確かにそうかも。本当にできなかったよ。

【月船】おもしろい子が多かった。内面の強さを持っている人たちばかりだった。

【遼河】個性的だよね。

【紺野】ほかの期をみたら、もっと怖そうじゃない? わたし、この期でよかったって思う。

【月船】わたしもそう思う。

【遼河】わかる。

【紺野】基本はみんな、やさしいんです。我が我がって感じの人は、うちの期は少ない。

【遼河】そうそう。

【月船】そうだね。おっとりしているけど、みんな自分の考えを持っている。ある種、大人だった。

【紺野】そうかもね。うん。そうだわ。


(つづく)※有料会員の方は全文をお読みいただけます。


【写真】左から遼河はるひ、紺野まひる、月船さらら=撮影・西田裕樹

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