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特集【公演評】ミュージカル「二都物語」
生きることの本質を描く、心に響く名作誕生

2013年8月2日
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 ブロードウェイなどで上演されたミュージカル「二都物語」の日本版初演が帝国劇場で上演中だ。人が生きることの本質を描き出し、心に強く響く名作が誕生した。井上芳雄、浦井健治、すみれ、濱田めぐみ、橋本さとしら豪華キャストの共演に加え、演出は井上ひさしやシェークスピア作品などを手掛ける鵜山仁。鵜山はオペラやミュージカルの演出も手掛けており、今作品でもその手腕を発揮した。ミュージカルが苦手という観客にも見てほしい作品だ。(フリーライター・岩村美佳)

 イギリスに住むルーシー・マネット(すみれ)は、17年間バスティーユに投獄されていた父ドクター・マネット(今井清隆)が、居酒屋を営むドファルジュ夫妻(橋本・濱田)に保護されていることを知り、パリへ向かう。父と再会し、ロンドンへと戻る船中、亡命貴族のチャールズ・ダーニー(浦井)に出会う。彼は叔父のサン・テヴレモンド侯爵(岡幸二郎)の横暴に反発しイギリスに渡ってきたが、叔父の指示を受けたバーサッド(福井貴一)によりスパイの濡れ衣を着せられ裁判にかけられてしまう。その危機を救ったのが酒浸りの弁護士シドニー・カートン(井上)。その後カートン、ダーニー、ルーシーの3人は親交を深め、やがてダーニーとルーシーは結婚を誓い合う仲になる。密かにルーシーを愛していたカートンだが、ふたりを想い身を引く。しかし、昔の使用人の危機を救おうとフランスに渡ったダーニーは、フランス革命により蜂起した民衆たちに捕らえられ、裁判で死刑の判決を受けてしまう。ダーニーとルーシーの幸せを願うカートンは、ある決心をし、ダーニーが捕らえられている牢獄へと向かうが…。

 原作はチャールズ・ディケンズの同名小説。フランス革命時のパリとロンドンの二都を舞台に、カートン、ダーニー、ルーシーの愛を描いた作品だ。今舞台作品の際立っているところは、シンプルに「生きる」というテーマを描いていることだ。原作ではカートンとダーニーが似ていることが物語のポイントのひとつだが、舞台では具体的に触れられていない。特徴的なエピソードなどもそぎ落とし、心情を丁寧に描くことにより、より明確に物語のテーマを浮き上がらせている。原作、脚本、音楽、キャスト、美術、衣装…その他舞台が完成するための全ての要素を融合させ、導いた鵜山の力が大きい。

 物語の終盤から作品に入り込み過ぎて、カーテンコールになっても、現実に戻れなかった。日々数多くの作品を見ているが、こういう感覚はそう何度もある経験ではない。魅力的な役たちに思いを添わせながら物語に引き込まれていたはずが、最後にストーリーや役へ対する思いを超え、人間の生き方や命そのものへの思いへと変わる。「人はなぜ生きるのか」という永遠の問いへのひとつの答えを感じた。愛を知らずに孤独に生きてきたカートンが、ルーシーをきっかけに愛する家族を得て、その家族を命がけで守るという行動が、「人間愛」という終着点へ行き着く。清らかで尊いと純粋に思えた。

 見所は多々あるが、特に印象に残っているのは物語の終盤、牢獄でのカートンとお針子クローダン(保泉沙耶)との場面だ。「私が死ぬことで共和国にどんないいことがあるか、私にはわからない…」とカートンに問うたクローダンが、彼の行動を知って、全てを受け入れて安らかに共に死を待つ。安らぎや暖かい光を感じるような音楽とギロチンの音という相反する音が、心をさらにざわつかせ高揚させた。私にはそこが静かな小さい古い教会のように見えた。神を、自らを、愛する者を思う場所であり、たくさんの人の思いが集まる特別な場所。教会に足を踏み入れたときのような、聖なるものに触れたときの感覚がまだ残っている。

 キャストの熱演は言うまでもない。確かな技術と役者たちの魂が、熱いエネルギーとなって観客に注がれる。井上は繊細に表現豊かに見せ、実に魅力的なカートンを描き出した。最後に歌う「この星空」は、ルーシーに初めて頬を触れられて歌った同じ曲を思い出して切なく、より心が震える。浦井はまっすぐなダーニーを、素直に誠実に見せている。カートンとダーニーがそれぞれに死を決意して、ダーニーとルーシーの子供「小さなルーシー」を思って歌う場面は、ふたりの表情の違いにも魅せられる。

 小さな頃に家族を奪われて生きるという同じ運命を辿ったふたりの女性、ルーシーとマダム・ドファルジュ。許して愛することを選んだルーシーと、憎み恨み続けることを選んだマダム・ドファルジュは、対照的に描かれている。すみれはただ優しく美しいルーシーというのではなく、地に足がついた感じがいい。濱田は血の一滴までも憎しみに染まっていて、鬼気迫る姿から目を離せない。

 妻や民衆の憎しみを理解し、先頭に立ちながらも、その激流のなかで己を見失わないドファルジュ。橋本は確かな演技で存在感を見せた。民衆たちと立ち上がるナンバーは熱く迫力があり、民衆ひとりひとりの命が激しい炎となる。平民を人間とも思わないサン・テヴレモンド侯爵は、この物語の元凶だ。この作品には貴族がほとんど出てこないが、フランス革命の要因になった貴族社会の病巣を現している。岡はひとり次元の違う様相で見せ、多くはない出番ながら強い印象を残す。

 音楽と美術についても触れたい。キャッチーな曲で耳に残るというよりも、1曲1曲の歌が流れるように繋がっていき、音楽の芝居全体への融合が見事だ。より芝居に集中することができ、気持ちが途切れることなく物語に入り込むことが出来る。また、舞台上の白と赤が表裏になった大きなパネルが目に飛び込んできて印象に残る。舞台天井に届きそうなほどの高さがいっそうインパクトを与える。信頼・優しさ・温かさなどの感情の場面では白い側が、憎しみ・怒り・恐れなどの感情の場面では赤い側が背景になる。さらに面白いと思ったのは、白のパネルへの光の当て方だ。まっすぐに強く当てれば白く光るが、弱めるとグレーになる。不安や迷いといった感情になると現れる、このグレーが効果的だ。

 「生きる」という普遍的テーマを、ドラマティックな物語のなかにシンプルに描いた「ミュージカル『二都物語』」。日々数多くの作品が生まれていくなかで、特に記憶に残る作品だ。

【写真】「二都物語」公演より=写真提供:東宝演劇部

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【「二都物語」制作発表の記事はこちら】

◆ミュージカル「二都物語」
《東京公演》7月18日(木)〜8月26日(月)
⇒内容については公式ホームページなどでご確認下さい。
http://www.tohostage.com/nito/index.html

《筆者プロフィール》岩村美佳 フリーフォトグラファー、フリーライター。舞台関係、ファッションなどを中心に撮影してきた経験をいかし、ライターとしても活動している。「目に浮かぶ言葉」を伝えていきたい。

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