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特集(1)コーチと喧嘩して「やめてやる!」

2013年12月6日

写真:福井晶一撮影・岩村美佳

――小さい頃はどんな子供でしたか?

 父が教育者だったんですね。大学の数学の教授だったんですけれど、僕自身は勉強が大嫌いで。歌うことと、体を動かすことが大好きでした。

――どんな曲を歌っていたんですか?

 歌謡曲ですね。中森明菜さんとか。野球は小学校のときからやっていたんですけれど、中学校のときに合唱部に所属したことがあって、楽しかったんですよ。歌うことが大好きだったんです。

――合唱部に入られたきっかけは?

 スカウトです。野球はやっていたんですけれど、野球の方が夏に先に大会が終わってしまって、合唱のコンクールは秋にあったんですよ。女性しかいない合唱部だったんですけれど、男性も入れた方がコンクールでいいところに行けるというので集められて、数か月間だったんですけれど、すごく楽しかったですね。

――野球とはどのように出会ったんですか?

 球技全般、全部好きなんですけれど、野球は小さい頃から好きでしたね。その中でも阪神タイガースが好きで。

――ご出身は北海道なのに阪神ですか?

 父親が阪神ファンで、掛布が大好きで。実は姉がピアノを習っていたんですけれど、最初は僕もピアノを習わされたんですよ。でも嫌で、自分は野球がやりたくて、自分で勝手に野球チームにオーディションを受けに行ったら合格してしまって。それが硬式野球だったんですけれど、学校のチームではなくリトルリーグでやっていたんです。もう受かったからピアノをやめさせてくれと頼んで、それからはずっと野球でした。

――野球はずっと続けていかれたんですか?

 一瞬やめた時期はあるんですけれど…コーチと喧嘩して「やめてやる!」って。中学3年のときにキャプテンをやっていたんですけれど、喧嘩をしたあとは野球をやめて、バスケをやってました(笑)。ゆるーい部活で学校生活を楽しんでました(笑)。野球チームは結構強くて全国大会とかにも出ていたんですよ。まぁ、厳しかったです。ものすごく厳しいところだったので、そういうのも嫌で。中学の頃ってちょっと遊びたくなるんですよね。その1年間は楽しく過ごしました。でも仲間が野球をやって全国大会に出ていたので、そういうのを横目に見ながら忘れられなくて。それで高校に入ったときに昔の野球仲間がいて、彼らに「やろうよ」と誘われ、野球に戻りました。

――高校は野球一色でしたか?

 3年間は甲子園をめざして、野球三昧でしたね。

――子供の頃から野球をずっとやっていて、何か自分の中に残っていることはありますか?

 基本的なことを教わったのが野球チームでしたね。挨拶、感謝、礼儀、仲間を大切にすること…人間として大切なことを叩き込まれました。そういうことに重きをおくチームだったので、そういう意味では色々教わりましたね。

――福井さんの人格形成に影響があったんですね。

 そうですね。そういうことを学べたのはすごく大きかったと思います。

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