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特集(2)監督らに「だめだ」「帰れ」と言われ続けて

2014年1月21日

写真:瀬戸康史撮影・宮川舞子

――「D-BOYS 10th Anniversary Project」の「T・O・P宣言」で、17歳の頃に毎晩泣いていたと書かれていましたが…。

 そうなんです。上京して、周りに友達もいないし、事務所の大人たちの中で生活していました。事務所の寮を貸して頂いてたんですけれど、最初ひとりだったので本当に孤独でホームシックになって。親に「寂しい」とか、友達に「ホームシックだ」と言おうと決めて電話をするんですけれど、なかなか自分の性格的に弱音が吐けないんですよ。だから「頑張ってるよ」と言って電話を切ったあとに泣く…というのが2カ月ぐらい続いてましたね。

――17歳頃ってちょっと意地を張ってしまう頃でしょうか。

 でも今もそれは変わらなくて、弱音を吐けないんですよね。だから自己解決しちゃうんです。

――毎晩泣いていたのが、泣かなくなったのは何かあったんですか?

 一番最初にドラマをやらせて頂いたんですけれど、演じることとか業界用語とか何も知らないんですよね。教えてくれる人もいないし。そこで監督や助監督に「だめだ」「帰れ」と言われ続けていて、それもあって泣いていたんですけれど、でもそれで火がついて、見返したいと思って。今も頑張っている最中です。

――デビューされて、色々な作品をやられている中で、ポイントとなった作品はありますか?

 やっぱり「仮面ライダーキバ」は大きかったですね。19歳の頃なんですけれど、国民的ヒーローで歴史のある作品に参加させて頂いたというのと、1年間同じ役をやるというのが大河ドラマなどしかないじゃないですか。そういう少ない経験をさせて頂いた。ライダーは歴史があるので、カメラマンさんやスタッフさんはずっと撮られて活躍されている方々で、色々学ぶことがあったなと。アクションなどもそうですね。そこで認知もして頂いて、一段階上がった感じはしましたね。

――映像、舞台とご活躍ですけれども、特に2013年は色々な役をされていましたね。

 そうなんですよ。時代劇「八犬伝」から始まって、その本番が始まる頃からホラーの「貞子3D2」をやり、その後に「僕は友達が少ない」を滋賀で1カ月間撮っていて、そのすぐ後に映画「JUDGE」を撮って、そしてテレビドラマ「斉藤さん2」に入って、その途中にWOWOWドラマで犯罪者をやって、それからハワイで1カ月ぐらい映画を撮って、その後にアーティスト活動をやらせて頂いている「D☆DATE」のライブがあり、それから初監督作品を撮らせて頂き、そして今テレビドラマ「ロストデイズ」を撮らせて頂いています。本当に目まぐるしかったですし、先生、武士、学生…と今年は幅が広かったですね。

――舞台だと幅広い年齢の役をすることは多いと思うんですけれど、映像だとあまりないですよね。瀬戸さんが先生役をされたときは、もう先生役をするのかとちょっと驚きました。

 そうですね。最近スーツを着ることが多くて、世間からも大人として見られることが多くなったのかなというのはありますけれど、自分のなかでは25歳なので大人な人でありたいというのがあって、そういう役をたくさん頂けるというのはすごく嬉しいですし、童顔なのでまだ学生もやれるという強さはあるとは思います。だから幅広く、制限せずに色んな役に挑戦していきたいというのはありますね。

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