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全国各地にあふれる様々な「文字」。看板などの写真を中心にご紹介する「旅」のコーナーです。ふだんは机にかじりつきっぱなしの校閲記者が、赤えんぴつをカメラに持ち替え、ある地域でしか見られない「地域文字」や、ちょっと笑える表記など、色んな文字を探しに出かけます。文字に注目すれば、ひと味違う旅の面白さを見つけることができたり、住み慣れた町の新しい姿が見えてきたりするかも知れません。難読地名・珍地名、不思議な看板など、みなさんからの情報もお待ちしています。
愛知への旅の2回目です。
昔の「清須」城と今の「清洲」城。その間にあった「清須越し」とは?。清須の城と町の歴史を振り返ってみましょう。
城が最初に築かれたのは、室町時代。築城された当初は、五条川上流の現在の愛知県稲沢市にあった尾張守護所、下津城の別郭でしたが、その後守護所は清須城に移ります。そして戦国時代、名古屋の那古野(なごや)城を居城としていた織田信長が、清須織田家当主の織田信友を攻め滅ぼして清須城へ入り、尾張の拠点としました。そのころまでの清須城は、いまのような天守閣のある城ではなく、堀に守られた大きな館という感じだったようです(天守閣のある、いま「城」と聞いてイメージするような形は、信長の安土城が最初だといわれています)。その後、信長は小牧、安土と城を移り、清須へ戻ることはありませんでしたが、尾張の中心はずっと清須でした。・・・・・続きを読む
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