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Asahi中東マガジン

シリアの大規模な自爆攻撃 その背景は 川上泰徳

中東ウォッチ

 長年の中東取材経験を生かして、川上特派員がめまぐるしく移り変わる中東情勢の複雑な背景を解きほぐし、今後の展望を踏まえつつ解説します。

シリアの大規模な自爆攻撃 その背景は 川上泰徳

2012年05月11日
(約4600字)
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 シリアの首都ダマスカスで10日にあった大規模な爆弾攻撃は、いつかこのような日がくるだろうと恐れていたことである。シリアの治安情報機関を狙って、1トンとも言われる爆発物積んだ2台の車を、時間差で爆発させ、死傷者を増やすという手法は、イラク戦争後に権力を握ったシーア派政権の警察や軍などに対して、スンニ派のアルカイダ系組織が繰り返した爆弾テロと同様である。

 私は昨年8月のこの欄で、「シリア情勢の悪化、その背景にあるもの」<http://astand.asahi.com/magazine/middleeast/watch/2011081500003.html>として、アルカイダ的なテロが続く可能性について書いた。もし、民主化を求める民衆のデモが始まって1年以上を経て、いま、その可能性が現実となっているならば、それは政府による軍事的構成で民主化要求が押さえ込まれてしまったことで、民主化要求とは一線を画す形での反政府の暴力が噴き出したと見るべきであろうと思う。今後、同様のテロが続くとすれば、シリア情勢は、90年代前半のアルジェリアやイラク戦争後のイラクのように多くの民衆が犠牲となる暴力が吹き荒れる悪夢のような様相となりかねない。

 中東では、車爆弾をつかった自爆攻撃は珍しくないと思うかもしれないが、実は非常に特殊なものである。90年代半ば以降、自爆といえば、ハマスなどのパレスチナのイスラム過激派が有名だが、身体に爆発物を巻き付ける自爆ベストをつかう手法がとられ、自動車をつかった大規模な自爆攻撃が起こったことはない。90年代前半に政府の治安部隊とイスラム過激派の間で一年に1万人を超える死者が出たアルジェリアでは、自爆作戦自体がなかった。過去の例としては、レバノン内戦中の1980年代初めに、シーア派武装組織のヒズボラが米海兵隊兵舎や米大使館などを爆弾攻撃の標的とした例があり、スンニ派では、90年代後半にアルカイダが始め、イラク戦争後にアルカイダ系組織が駐留米軍やシーア派に対して頻繁に行われるようになった。

 爆弾攻撃には当然、爆発物の取り扱いや起爆装置などの技術的なノウハウが必要であり、一朝一夕にできるものではない。大量の爆発物の調達、爆発物を車に積み込み爆発させる技術、さらに自爆実行者を用意し、作戦実施を支援する人員を配するとなれば、少なくとも2、3カ月の時間をかけて周到に準備しなければならない大がかりな作戦となる。

 警戒が厳しいシリアの情報機関の近くで、大規模な爆弾テロを実施できるのは、イラクにいるアルカイダ系組織か、シリアの情報機関という2つの可能性しかない。後者であれば、自作自演である。シリアの反体制の主要組織「シリア国民評議会」は、今回の爆弾攻撃についても「政府の自作自演」という見方を示した。しかし、私は今回の爆弾攻撃では、自作自演という見方は、次に述べるような理由で否定的にならざるをえない。

 まず、今回の攻撃は、・・・・・続きを読む

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川上泰徳
プロフィール
川上泰徳(かわかみ・やすのり)
朝日新聞国際報道部・機動特派員。長崎県生まれ。中東アフリカ総局員(カイロ)、エルサレム支局長を経て、中東アフリカ総局長。2006年4月から編集委員を経て、2012年4月より現職。著書に『イラク零年』 (2005年、朝日新聞社)、『現地発 エジプト革命』(2011年、岩波書店)、『イスラムを生きる人びと』(2012年、岩波書店)。パレスチナ報道で、2002年度ボーン・上田記念国際記者賞。

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