アメリカのFRBが2%のインフレ目標を採用したことが引き金になって、日銀は2月14日、1%の物価上昇を目処とする事実上の「インフレ目標」を導入した。
日銀のプレス・リリースでは「消費者物価の前年比上昇率1%を目指して、それが見通せるようになるまで、強力に金融緩和を進めていく」と述べている。ところが、日銀が「目標」や「ターゲット」という言葉を使わずに、1%を「中長期的な物価安定の目処」と呼んでいるところから、いわゆる「リフレ派」エコノミストやインフレ目標の導入をかねてより主張してきた政治家の中には、日銀の本気度を疑う人も多い。
一方、日本でのFRBバーナンキ議長への評価は、リーマン・ショック後の果敢な金融緩和と、彼の年来の主張である「インフレ目標」をFRBの政策として公式に採用させたことで、一層高まったと言えよう。
■バーナンキ議長の心変わり?
しかしアメリカでは、バーナンキ議長はこれまで、民主党に近いエコノミスト、例えばポール・クルッグマンやオバマ政権の前経済顧問会議議長のクリスティナ・ローマーから激しい批判を浴びてきた。これらのエコノミストは、バーナンキ議長の金融緩和は不十分である、と非難しているのだ。
確かに量的に見ると、リーマン・ショックから今日まで、FRBのマネタリー・ベースは3倍に膨らんでいる。しかし、2008−09年にアメリカが直面したのは、大恐慌以来最大の金融危機である。「10年前に日銀の政策を『機能不全に陥っている』と激しく非難して、非伝統的な金融政策、例えば、為替レート目標、高めの(3~4%)インフレ目標、或いは日銀による財政ファイナンスを強く主張したバーナンキ氏が、自分の出番になるとかつて自分が提案したメニューを顧みずに、機能不全に陥っている」というのが、彼らの言い分である。
何故、バーナンキ議長はかつて自ら提案したメニューを実践しなかったのか、という疑問に対し、ジョンズ・ホプキンス大学のロレンス・ボール教授が、「バーナンキ議長は2003年6月の連銀公開市場委員会の会合でゼロ金利の下での政策オプションが話し合われてから、持論である非伝統的な政策に言及しなくなった。彼は見解を変えたのではないか。」と論文とブログで発表して、注目を集めている。
(Laurence Ball “Ben Bernanke and Zero bound” February 2012)
http://www.voxeu.org/index.php?q=node/7673
2003年というと、バーナンキ氏はFRBの理事の一人ではあったが、グリーンスパン議長の絶頂期である。ボール教授によれば、「バーナンキ氏はFRBのスタッフ・エコノミストに説得され、官僚組織の集団思考に嵌った。公式の会合ではコンセンサスを好むグリーンスパン議長の性格もあるだろう。」 なにやら日本で聞くような話だが、FRBは伝統ある官僚組織だから、そういうこともあるのかも知れない。
しかし、イギリスの著名エコノミスト、ガヴィン・デービーズ氏はファイナンシャル・タイムズのブログで、「バーナンキ・メニューはデフレに陥った日本に対するメニューであり、2008−09年のアメリカはデフレに陥っていた訳ではない。政策オプションは、万一に備えて手許にある」と、ボール教授とは異なる解釈を呈示している。(Gavyn Davies, “Metamorphosis of Ben Bernanke” February 26, 2012 Financial Times Blog)
http://blogs.ft.com/gavyndavies/2012/02/26/the-metamorphosis-of-ben-bernanke/#axzz1nYOTykdh
■量的緩和の次の一手
2%のインフレ目標を採用するだけで果たしてこの危機を乗り越えられるのか、という懸念はアメリカに対してだけではなく、イギリスに対しても向けられている。
ポール・クルッグマン、タイラー・コーエンといったアメリカの著名エコノミストが、イギリスに対し、 ・・・・・続きを読む
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- 吉松崇(よしまつ・たかし)
経済金融アナリスト。1951年山口県に生まれる。1974年東京大学教養学部卒業。1979年シカゴ大学経営大学院(MBA)修了。日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)、リーマン・ブラザース、バイエリッシェ・ヒポ・フェラインス銀行にて、30年以上に亘り、企業金融と資本市場業務に従事する。このうち、10年間の在米勤務(ニューヨーク)を経験。2011年より経済、金融の様々な分野で執筆活動を行う。主な論文:「電力会社が原発に固執するのは何故か?」(『世界』2011年12月号)「イタリアはユーロ通貨圏から離脱するのか?―金本位制の歴史が示唆する共通通貨ユーロの運命」(『経済セミナー』2012年4,5月号)
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