日本のTPP(環太平洋経済連携協定)交渉入りが事実上既定路線となるなか、それへの賛否の両極化が激しい。原発同様、お互いの陣営の悪魔呼ばわりが繰り広げられる。賛成か反対か。開国か鎖国か。頑迷な圧力団体と(米国への)売国奴。ラインを引かれた後は罵り合いに近い。
およそ世界第3位の開放経済国がグローバル化に背を向けられるのだろうか。グローバル化は、自国のみではキャンセルできない趨勢であり、日本がそこから利便を得てきた傾向でもある。逆に、今のままTPPに加盟して、食などの基本的な安全や環境を守ることができるのだろうか。
問うべきは、どのようにしたらその2つ、すなわちグローバル化と安全・環境を両立させうるのか、なのではなかろうか。同様に問うべきは、グローバル化は規制緩和と同義でなければならないのか。アジア太平洋で共通の規制をともに作っていくことは不可能か。関連して付言すれば、「世界」はどこからかやってくる黒船ではない。近年よくみられる世界/日本という二分法は、日本が世界の一部でプレイヤー足りうるという意識を失わせているのではなかろうか。交渉参加と不参加の入り口でお互いに魔女狩りをすると、そうした問いが不可能になる。
●上方調和原則を打ち出せ――競争的規制緩和から協力的再規制へ
問いに行きついたら、たとえばデンマークの事例などが目に入るだろう。1980年代半ばに当時の欧州共同体=EC(いまのEU)が域内市場統合、すなわち貿易自由化を進める際、ドイツと組んだデンマークは、自由化の上位に「Harmonize Up(上方調和)原則」を掲げ、加盟国に認めさせた。ちなみに、その市場統合を条文にしたのが1985年末に合意した単一欧州議定書だったのだが、その締結にむけた交渉にデンマークは遅れて入ったにもかかわらず、交渉入りの際に確認したのがこの原則である。
上方調和原則とは何か。それは、域内貿易自由化とある国の規制が衝突したとき、普通は自由化が優先するのだが、環境や安全等に関わる上質な規制に関しては、その上質な規制に合わせ、上方に調和化(harmonize up)することはあっても、下方に規制緩和(harmonize down)しないというものである。
環境や消費者保護などで先進国であったデンマークは、その上方調和原則を掲げることで、それらの価値を大事にしているというメッセージを打ち出し、他国民の利益にも訴えかけることができた。自国の産業もそうした規制に沿って発展しているので、環境や安全関連の規制を守ることは、自国関連産業の競争力を維持することでもあったが、そうした自国の利益は、他国民の利益にもつながる普遍的な理念として提示されたのである。
マルチ外交というのは、そのように行うのだ。
現在のTPPやグローバル化の議論は、それがまるで制御不能な規制緩和合戦として描かれている点で問題がある。貿易の自由化とは、何らかのかたちで再規制を伴うものである。例えば、自由な越境貿易といっても、毒性を帯びるおもちゃが流通するのでは困るわけである。他にも、それは不法な模造や若年者労働などによる製品の流通を奨励するものでない。とすると、自由流通を許すがゆえに、各国協調体制によるそうした商品の規制が必要とされることになろう。
現在の趨勢が「競争的規制緩和(competitive de-regulation)」であり、各国が争うように規制緩和を志向するものだとしても、常にどの分野でもそうでなければならない理由はどこにもない。むしろ、自由貿易(グローバル化)を国際協調体制の中で再規制できるかどうかこそが主戦場なのだ。そうした問題を「協調的再規制(cooperative re-regulation)」というテーマとして意識し直したい。
環境保護、食の安全、皆保険などは、どの国の国民も気にかける普遍的な価値を帯びている。それを自国の特殊事情としてでなく、一国のものであっても壊してはいけない普遍的価値として、そして可能ならもう一歩踏み込んで、アジア太平洋共通の貿易自由化の原則として掲げるべきである。
ここでの肝は、 ・・・・・続きを読む
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- 遠藤乾(えんどう・けん)
1966年生まれ。北海道大学法学部卒、オックスフォード大学政治学博士。EU委員会未来工房専門調査員、北海道大学法学部助 教授、台湾国立政治大学・パリ政治学院客員教授などを経て、2006年より北海道大学大学院法学研究科・公共政策大学院教授。専門は国際政治。主著にThe Presidency of the European Commission under Jacques Delors (Macmillan)、編著に『【原典】ヨーロッパ統合史』(名古屋大学出版会)、『グローバル・ガバナンスの歴史と思想』(有斐閣)、『EUの規制力』(日本経済評論社)など。
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