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須藤靖
須藤靖

科学ニュース、報道しないことの難しさ

2012年04月18日

 WEBRONZAに寄稿を始めて以来、新聞の科学報道を注意して読むようになった。科学的な正確さとわかりやすさの両立は、永遠の課題である。今までは無責任に批判するだけで良かったのだが、書き手の立場を考えるようになると少し反省すべき点も思いあたる。最近、物理学関係で話題となったものといえば、超光速ニュートリノ、ヒッグス粒子、小澤の不等式、が頭に浮かぶ。実際、これらはそれぞれある意味で代表的な例となっているので、それらを題材として考えたところを述べてみたい。

(1)超光速ニュートリノ−実験結果が既存の理論では説明できない場合
 すでに拙稿(2011年11月8日「超光速」にみる正しさの度合い)でも触れたように、最先端科学は、今まで知られていなかった現象や法則を発見する現場である。当然、そこで提案される新現象や仮説は、その後さらなる検証を経ることを前提として提案されている。その過程で間違いが発見されたり、修正がなされたりすることは珍しくない。極言すれば、そのような試行錯誤の繰り返しを通じて、より精度の高い世界像を確立する営みが科学である。その意味において、最新であればあるほど、実験結果や理論仮説は間違っている可能性が高いことは認識しておくべきだ。

 科学者はそのような科学の方法論には慣れているので、いかに新奇な説が提案されようと、冷静にその正否を判断しようとする。いわば、免疫ができている。しかしながら、一般の方々は「立派な大学や研究機関に所属する科学者が間違えるはずがない」という誤った偏見を持っているため、あたかもそれらがすでに確立した事実であるかのような誤解をもってしまいがちだ。

 超光速ニュートリノの実験結果(より正確にはその解釈)が間違っていると結論することはできないにせよ、万が一それが正しいとすれば、それ以外の無数の実験事実と整合させることは容易ではない。だからこそ、その結果を独立な研究者に様々な角度から検討してもらうことが不可欠であるし、そのための発表だったと理解すべきであろう。

 したがって「相対論は間違っていた」とか、「タイムマシンが可能」という類の一般受けしそうな側面ばかり喧伝するのは疑問である。人々の科学への興味をかき立ててくれるという意味ではプラスかもしれない反面、その後の結果によっては、逆に科学への不信感を植えつけてしまう可能性もある。いずれにせよ、科学とは間違いを繰り返す事によって進歩するものだという(科学者であれば当然と受け止めている)事実を伝えることは大切だろう。

(2)ヒッグス粒子−理論的予想はあるが未だ実験的に確定していない場合
 超光速ニュートリノの場合とは全く逆に、ヒッグス粒子の存在は多くの物理学者が信じている。だからこそ、その検証実験の結果は、専門家を十分納得させられるレベルに達した段階で存分に発表した方が良いのではないか、というのが私の意見であったし、今もそう感じている(2011年12月16日付「ヒッグス粒子の価値と値段」)。一方で、多額の公的資金を受けている以上、途中経過も含めて報告すべきであるという意見もあろう。いずれにせよ、最新の科学に人々の関心を呼び起こす契機となったのは事実かもしれない。

 この件に関して私が違和感をもったのは、「神の粒子」という呼び名が何故か繰り返し登場していたことである。・・・・・続きを読む

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プロフィール

須藤靖(すとう・やすし)

東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授。1958年高知県安芸市生まれ。第22期・第23期日本学術会議会員。2009年よりプリンストン大学宇宙科学教室客員教授兼任。主な研究分野は観測的宇宙論と太陽系外惑星。著書に『ものの大きさ』、『解析力学・量子論』、『人生一般二相対論』(いずれも東京大学出版会)、『一般相対論入門』(日本評論社)、『三日月とクロワッサン』(毎日新聞社)などがある。

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