原発をめぐるカネと心(1)〜「想定外」と「人災」に潜むワナ
2012年08月07日
その後7月23日には、政府事故調の報告書も出た。これは地震で原子炉が損壊していた可能性を否定するなど、一部異なる見解を示した。しかし事故を「人災」とし、国と東電の対応を厳しく批判した点は同じだ。
筆者は大筋でこれに賛成するし、本欄でも「想定外」「人災」ということばを使ってきた。しかしこれらの語が頻繁に使われるのを見て、微妙な警戒心も働く。
「想定外」をめぐる議論には、「あの時点では」「あの規模の津波に関しては」というニュアンスが常にある。「想定外ではなかった」という事故調の批判を丸ごと受入れたとしても、次回はよりいっそう想定内になるから防げる、という観点が準備され得る。現に政府、電力会社が再稼働をめぐって主張しているように。
だが「想定外」は、ほとんど逆の意味にもとれる。本欄でも論じてきたように( 拙稿「想定外とブラックスワン」「続・メルトダウン連鎖の真相」)、想定外が起きた後にも、常に別の想定外は存在する。私たちの想像力を超えるところで、可能性として存在し続ける。確率は低いがカタストロフィ(破局)を完全に避けることは、私たち人間にはできない。
皮肉にも今、各原発で再稼働に向けて進められているのは、「福島と同じ規模の地震、津波にも耐える」対策だ。このことがすでに、「ヒトは想定外には(定義上)備えられない」ことの証となっている。
関連して「人災」という言葉にも、いろいろな含意がある。「人災だった」という結論は、「それに学べば次は防げる」という示唆につながりやすい。国会事故調報告書もこの線に沿って、7つの提言をしている。
「規制当局に対する国会の監視」「政府の危機管理体制の見直し」など、その多くは実現可能な提言で傾聴に値する。だが同時に、それが問題の本質なのか、それで本当に安全が確保されるのかという疑問も生じる。その点では政府事故調畑村委員長の、「形を作っただけでは機能しない」という所感に共感する。
「人災」のまったく別の解釈として「この規模の安全管理はヒトの能力の限界を超えるから、防ぎ切れない」という立場もあり得る。本欄でも繰り返し強調してきたことだ。
短期的には「想定外」の欺瞞性を反省し「人災」の中身を分析することが、 「次」に備える上で重要だろう。まだしばらくは原発に頼らざるを得ないとすれば。この意味から、各事故調の報告書を無視して先に進むことは許されない。
しかし長期的には、・・・・・続きを読む
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- 下條信輔(しもじょう・しんすけ)
カリフォルニア工科大学生物学部教授。認知心理学者として日米をまたにかけて活躍する。1978年東大文学部心理学科卒、マサチューセッツ工科大学でPh.D.取得。東大教養学部助教授などを経て98年から現職。著書に『サブリミナル・インパクト』(ちくま新書)『〈意識〉とは何だろうか』(講談社現代新書)など。
WEBRONZA編集部
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