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朝日新聞社

口蹄疫を食い止めろ 鹿児島の水際防疫策

WEB新書発売:2010年8月13日
朝日新聞

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侵入阻止へ生きた教訓 感染の一報共有に課題

 宮崎県都城市と曽於市を結ぶ県道109号。県内43カ所のうち、県が設置した強化消毒ポイントの一つだ。今月中旬、炎天下、曽於市役所の男性職員(40)が白い防護服姿で作業に当たっていた。実家は肉牛の生産農家だ。

 「口蹄疫(こうていえき)が曽於に入れば鹿児島の畜産はおしまい。何が何でもここで食い止めるしかないんです」
 平日も多くの車が往来するこのポイントでは、畜産関係車両と一般車両に分けた消毒作業が24時間態勢で続く。こうした防疫の最前線にいる一人ひとりの危機意識が、侵入阻止を支えている。
 4月20日に宮崎県内で口蹄疫の感染疑いのある牛が見つかって以降、県境に接するえびの、都城両市で感染例が相次いで見つかり、鹿児島県や関係市町などは県境を中心に消毒ポイントを設置。県が設置した13カ所だけで延べ1万7851人(今月18日現在)が作業に当たった。この水際防疫策も功を奏し、口蹄疫の県内侵入を許していない。
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 「10年前の口蹄疫問題を経験して得た教訓が生きた」。関係者はこう口をそろえる。
 2000年も同じ宮崎県で口蹄疫が発生。このとき、鹿児島県では十分な防疫態勢がとれたとは言い難い状況だった。県畜産課の北野良夫課長は「初動に必要な消毒薬の確保ができず現場は混乱。県設置の消毒ポイントも限られ、自治体の自主消毒ポイントもほとんどなかった」と話す。だがこの経験は、自主防疫の大切さを学ぶ貴重な機会となった。
 県は終息後、消毒薬などの防疫資材を調達し、県内2カ所の家畜保健衛生所に備蓄。04年に鹿屋市内で豚コレラが発生した際も備蓄があったため迅速な防疫策がとれ、被害を最小限に食い止められた。「00年を経験したことで『口蹄疫が県内に入ったら畜産業は全滅する』という危機感が県内全域に広がり、自分の県の家畜は自分で守るという意識が浸透したのが大きい」と北野課長は分析する。
 県は、観光などで人の交流が増えている韓国、台湾、中国での家畜伝染病の動きを、国を通じて早い段階から情報収集。韓国で口蹄疫の発生が伝えられた今年1月には早くも防疫対策会議を開き、畜産関係者への啓発に取り組んだ。3月には症例を解説したパンフレットを農家に配布した。
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 発生後の車両消毒や道路封鎖などで県民の協力が得られやすかったのも、この「先手作戦」があったから、と県関係者は見る。
 4月28日にえびの市で感染疑い例が見つかり、町内が家畜の移動・搬出制限区域に入った湧水町。一報を受けた27日深夜には消毒ポイントを決め、28日朝から車両消毒に着手した。農林課長を通じてえびの市から情報を収集し、30日からは合同で消毒作業を始めた。
 5月16日に町内で感染疑い例が発見。翌日には陰性と判明したが、この一件が逆に防疫態勢の強化に結びついたという。米満重満町長は「できることはすべてやり尽くさなければ畜産を守れない。待ったなしの状態だった」。町では今回の口蹄疫対策を巡る町内の動きをすべて記録に残し、冊子にまとめる予定だ。「口蹄疫はまたいつ起きるか分からない。だからこそ今回の経験を無駄にしたくない」
 JA県経済連は、口蹄疫発生が伝えられたと同時に、4月21日から競りの中止・延期を決めた。鹿児島大農学部の岡本嘉六教授(獣医公衆衛生)は「人やモノの移動を最小限に抑えるのが防疫の基本。競りの中止・延期で侵入経路を断ったのが大きい」と評価する。
 一方で課題も残る。・・・

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