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朝日新聞社

タイ騒乱、失われた微笑み 兵士ら予感「また起きる」

WEB新書発売:2010年8月27日
朝日新聞

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「また起きる」兵士ら予感

 まだ暗かった。2010年5月19日早朝、タイ陸軍新兵のトーさん(23)は、バンコク中心部の高架鉄道駅に向かっていた。寝たか寝ないのか分からない日が続いていた。どうやって駅まで行ったのか、今になると思い出せない。
 タクシン元首相派による略奪や爆発物の使用を阻止するよう命じられていた。上官から「相手が撃つまでは発砲するな」と指示されていた。
 東北部カラシン県出身。今年初めに徴兵された。2カ月間の訓練後、バンコクの第2騎兵師団に配属され、すぐに騒乱現場に投入された。
 比較的貧しい東北部には元首相支持者が多い。「本心はイヤだったよ。親も同郷者を傷つけてはいけないと言っていた。知り合いも見かけた。でも、軍では命令は絶対だ」
 軍の装甲車が元首相派が占拠するルンピニ公園のバリケードを破壊し、強制排除が始まった。銃弾が飛び交い、古タイヤの山から黒煙が噴き上がっていた。路上に血を流してうずくまる人が見えた。

 救急隊のリーダー、ピヤラックさん(31)は公園に隣接するチュラロンコン大病院で午前6時から待機していた。銃声が聞こえ、負傷者情報が入る。だが軍は救助の許可をなかなか出さなかった。

 11時前に許され、救急車で通りに出ると、撃たれて息絶えた男性が2人倒れていた。負傷者の救助が先だ。そのまま元首相派の占拠地点に向かうしかなかった。
 ピヤラックさんは連日救助活動に出ていた。「悲しかったのは、救急隊員が攻撃されたことだ」。疑心暗鬼に陥った治安部隊と元首相派は、救急隊員を信頼することもできなくなっていた。
 東北部のコンケン郊外でソムタム(青パパイアサラダ)店を営むチャンピーさん(54)は10年3月からバンコクに出て集会に参加した。ステージのあるラチャプラソン交差点近くで寝泊まりし、自慢のソムタムを振る舞った。金がなくなると自宅に戻り、ネックレスや指輪などを売って、バンコクにとって返した。

 5月半ば、強制排除が近いと伝えられた。19日は朝から銃声が方々で聞こえた。昼過ぎ、ステージで指導者が突然、集会中止を宣言。爆発音がして、人びとはパニック状態に陥った。翌日、チャンピーさんは地元に帰った。
    ◇
 「5・19」から3カ月。3人には日常が戻っていた。
 チャンピーさんのソムタム屋はいつも客足が途切れない。なじみ客にバンコクの経験を尋ねられることもある。「また行くの?」と聞かれれば、・・・

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