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朝日新聞社

私学4強 野球王国・愛知の系譜 堅守の中京、攻撃の享栄、猛練習の東邦、バントの名電

WEB新書発売:2010年8月4日
朝日新聞

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 1931〜33年に3連覇の金字塔を打ち立てた中京商(現中京大中京)を筆頭に東邦、名古屋電工(現愛工大名電)、享栄。愛知の高校球界は私学4強がしのぎを削ってきた。夏・春の甲子園優勝回数全国1位を誇る「野球王国・愛知」の輝かしい歴史を作り出し、それを引き継ごうと模索する監督たちの「物語」を描く。

※2008年5月20日〜5月23日の朝日新聞愛知県版に掲載された記事を、当時の内容のまま再録しました。


中京、堅守のDNA


 甲子園出場は、春28回、夏24回。夏の3連覇を含め、春夏通算で優勝10回。愛知の高校野球史をひもとくと、多くが中京大中京の歴史と重なり合う。
 中でも特筆される栄光は、前身の中京商時代に遂げた66年の春夏連覇だ。指揮を執ったのは杉浦藤文(ふじふみ)(故人)。
 杉浦は64年、22歳で母校の監督になった。連覇を達成したのは監督になってわずか3年目だ。延べ19年間の監督時代、甲子園で春夏計29勝を挙げた。82年の選抜大会では中京の甲子園100勝を果たした。
 試合の流れによって大胆な采配を振るうひらめきと勝負勘は絶妙で、ライバル校・東邦の監督を38年務めた阪口慶三(64)は「『杉浦野球』は、高校野球の教科書だった」と言う。

 99年8月、甲子園大会のさなかに逝った。まだ58歳だった。
 現在の指揮官は、90年夏から指導する大藤敏行(45)。2年の時、三塁手として夏の甲子園に出場し、ベスト16へ勝ち進んだ。大学卒業後、静岡県の静清工野球部でコーチをしていた。杉浦から「戻ってこい」と電話で監督就任を請われた時、「私以外に適任者がいるのでは」と断ったら、杉浦は「すぐ来い」と怒り出したという。・・・

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