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特別版
朝日新聞社

闇の中の子どもたち 2003年 タイ

WEB新書発売:2010年9月1日
朝日新聞

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 1990年代後半、ウイルスの増殖を抑える薬が次々に開発されたことで、エイズは医療水準の高い先進国では「死の病」ではなくなった。しかし、治療薬は値段が高く、途上国の人々は手が届かない。21世紀を迎え、エイズ感染者のほとんどはアフリカ、東南アジアの途上国で暮らし、適切な治療を受けられずに死んでいく割合も格段に高いことが問題となっていった。2003年の朝日新聞連載「北部タイの子どもたち」は、貧困、病気に覆われた厳しい環境に置かれているタイ北部の子どもたちの姿を描いている。子どもたちのエピソードは悲惨でやるせないが、そんな中でも懸命に生きる子どもたちの姿と、支援するNGOの新たな試みに一筋の光明が見える。なお、タイは、90年代に爆発的な感染拡大に見舞われたが、官民挙げてエイズ問題に取り組み、新規感染者はピーク(91年)の14万人から2万人弱まで減少している。

(1)ブスー 山岳民族の少女  国境の橋、物ごいの日々
 子どもたちは、国境にかかる橋の上にいた。
 雨が降る。歩いていくと、あかだらけの手を懸命に差し出してきた。その数、十数人。赤ちゃんを抱えた子もいる。
 タイ北部の町・メーサイ。川を隔てた隣国ミャンマー(ビルマ)側から、「物ごい」をしに来た山岳民族の子どもたちだ。
 ブスー(13)も、かつてはそのひとりだった。
 ミャンマー側のアカ族の村で生まれた。父母はともにアヘン中毒。父は家で寝てばかりいた。……

(2)ジュパー 花売りの少女 外国人探し深夜のバー
 タイ北部の都市チェンマイに出てきたのは、10歳のときだ。
 ミャンマー(ビルマ)側で生まれたアカ族のジュパーは、何とかして、貧しい家族を助けたいと考えた。大工の父は麻薬中毒、母もアヘンの常用者だった。おばと一緒に、国境を越えた。
 起床は午前6時。おばの子どもの世話をし、家事をした。午後6時になると、バラの花を20本ほど抱えて観光客でにぎわうバー街へ。
 耳をつんざく激しいビートの音楽、ビリヤードに興ずる人、女性の腰に手を回して踊る男たち……。その中を縫うように歩き、外国人を見つけては近寄った。じっと見つめ、媚(こび)を売り、1本10バーツ(1バーツは約3円)のバラをそっと差し出した。……

(3)ベーン 旅立った少女 支え合うエイズ感染者
 「苦い」
 はちみつアメを口に入れたベーン(6)は顔をしかめた。
 かびの一種、カンジダ菌が口の中に広がり、味覚がなくなっている。
 エイズに侵され、体重は10キロ。自力で立つこともできない。トタン屋根に板を並べた、すき間だらけの家で、ゴザの上に横になっていた。……

(4)ヌイ 買春のわな 他の手段、稼げぬ年齢に
 物ごい、花売りでは稼げなくなる年齢が来る。そのころの子どもたちを待ち受けるわなが、買春だ。
 ヌイの父親は酒好きで、働かない人だった。生活は成り立たなかった。5、6歳のころ、チェンマイの孤児院に入れられた。
 施設には300人以上の子どもがいた。規則が厳しかった。近くの池に遊びに行っても怒られた。自由がほしかった。14歳のとき、施設を脱走した。
 姉がいるはずのバンコクの孤児院を訪ねたが、いなかった。建設現場や、鎖を作る工場で働いた。17歳のころ、チェンマイに戻った。住むところはない。ストリートチルドレンが暮らす水門で寝起きした。夜になると、西欧人の男が来て、子どもたちを買って行った。……

(5)メー 養鶏の男の子  未来見据え小さな融資
 「1羽も死ななかったよ」
 メー(13)は、はにかみながら、ちょっと誇らしげに言った。
 北タイのパヤオ県バンマイ地区。メーは春から、小さな商売を始めた。
 鶏のヒナを100羽買ってきて、家の庭で育てた。小学校に行く前と帰ってきてからの2回、エサをやり、3カ月。1羽6バーツ(1バーツは約3円)で仕入れたヒナが、50バーツちょっとで売れた。
 「勉強を続けるお金が欲しかったんだ」……

(巻末)「命をつなぐ」より、サトウヤヴェニ・カマディ/インド





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