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特別版
朝日新聞社

誰がエイズウイルスを発見したのか 科学者たちの激烈な競争の果てに

WEB新書発売:2010年9月6日
朝日新聞

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(1)エイズめぐる米仏対立、裁判ざたに パスツール研究所が訴え:1985年
(2)米側発表写真、仏から『流用』 エイズ研究での米仏先陣争い:1986年
(3)エイズウイルスだれが発見 米・仏間で論争再燃:1990年
(4)ギャロ博士の墜ちた名誉 エイズ病原体発見競争:1991年
(5)HIV論争『手締め』、胸の内は 「発見」争った2人に聞く:1994年
(6)ノーベル医学生理学賞、HIV発見者ら3氏:2008年
(7)ノーベル賞の残酷:2008年
(8)研究者の人生選んだ 仏女性・バレシヌシ博士にノーベル賞:2008年
(9)ノーベル賞「HIV発見」陰の立役者 がん起こすウイルス特定:2008年
(10)HIV発見に貢献、シャーマン博士 不運の研究者に仏勲章:2009年
(巻末)「命をつなぐ」から、ヌトンビザンディル・マティ/南アフリカ


エイズめぐる米仏対立、裁判ざたに パスツール研究所が訴え


 エイズ(AIDS=後天性免疫不全症候群)の治療法などをめぐる米国とフランスの対立は、ついに裁判にまで持ち込まれた。仏パスツール研究所が12月12日、「エイズ・ウイルスを最初に発見したのは仏チームであり、米政府が勝手にエイズ検査法の特許を取って収入を得ているのは違法だ」として、米政府を相手取ってワシントンの損害賠償裁判所に訴えを起こしたためだ。
 訴えによると、パスツール研究所のL・モンテーニエ博士らは1983年2月、リンパ腺腫(せんしゅ)の同性愛の患者から分離したウイルスをLAVと名づけ、エイズの病原ウイルスだと発表した。その後、2つのサンプルを「商業利用をしてはならない」との条件つきで、米国立がん研究所のR・ギャロ博士たちに送った。
 しかし、ギャロ博士たちは84年4月、エイズ患者から分離したウイルスをHTLV(ヒトT細胞白血病ウイルス)3型と名づけ、これこそがエイズの犯人と発表した。仏側は、ギャロ博士たちが発表したウイルスはパスツール研究所が送ったのと同じか、事実上、ほとんど違わないウイルスだと主張している。
 仏側は再三、研究者を米国に送って、エイズ・ウイルスの発見の功績とその商業利用の権利は仏側にあると申し入れた。しかし、米政府はことし(1985年)5月、HTLV3型ウイルスで特許をとり、このウイルスに感染しているかどうかを調べる検査法を開発した製薬会社5社から、売り上げの5%を徴収している。米国では、国防総省が210万人の全兵士を対象にエイズ検査をすることを決めるなど、検査用セットは引っ張りだこで、政府の特許収入もバカにならない。これに対し、仏側は「米特許商標局はわれわれの特許申請をいまだに認めない」と抗議している。
 エイズをめぐる米仏対立はエイズで死んだ米国の俳優ロック・ハドソンが一時、パスツール研究所が開発した薬を手に入れようとパリ郊外の病院に入院、米国が面目を失ってから激化。
 10月末にパリ・ラネック病院のJ・アンドルー博士たち3人が、免疫抑制剤のシクロスポリンがエイズに劇的な効果を上げたと発表すると、米国の医師たちが「たった6人の患者に薬を与えただけで記者会見で結果を発表するなんて、科学者の倫理にもとる」と批判するなど、応酬が続いていた。
(ワシントン=坂本特派員/1985年12月14日朝日新聞掲載)・・・

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