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経済・雇用
朝日新聞社

トヨタのタオルはズブズブだった 再発見、ものづくりの心

初出:2011年1月13日〜2月18日
WEB新書発売:2011年5月6日
朝日新聞

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◇ネット企業「カイゼン教えて」
◇拡大路線、薄れた原点
◇かぎかんばん、知恵凝縮
◇現場に精通した「神様」
◇「落ちた時の備え、大事」
◇織機に「自働化」の原点
◇必要なとき、必要なだけ
◇危機が生んだ生産方式
◇抵抗はね返し改革断行
◇逆転の発想「かんばん」
◇容赦なし「大野学校」
◇鍛えられて「と金」に
◇夢に出るまで考えた
◇両刃の剣、国会で批判
◇「バイブル」の陰に記者
◇厳しさと穏やかさ共存
◇やむにやまれぬ改善魂
◇世界の「お手本」浸透
◇まねでは根付かない
◇「考える人」を育てる
◇特需が残した倉庫群
◇生産現場にほころび
◇「限量経営」不況でこそ
◇常識覆す横置きライン
◇東北にもすそ野拡大
◇環境激変、「革新」のとき
◇みるみる、わかる トヨタ生産方式
 〈1〉ジャスト・イン・タイム
 〈2〉自働化
 〈3〉かんばん
 〈4〉あんどん
 〈5〉ポカヨケ
 〈6〉生産の平準化


ネット企業「カイゼン教えて」

 もとは鉄工所だったという古びた倉庫。広さは約7千平方メートルある。中に入ると、背丈よりも高い約4千の本棚が、整然と並ぶ。エアコンはなく、肌寒い。従業員らは防寒着姿で台車を押しながら、小走りに本を探して回る。

 愛知県大府市。中古本をインターネットで買い取り販売する「ネットオフ」の商品センターだ。客からの注文をネットで受け、100万冊の在庫から探し、出荷する。
 社長の黒田武志(45)は、トヨタ自動車の元社員。1998年、起業しようと一念発起して退社。中古書店大手「ブックオフ」の起業家支援制度で独立した後、00年に現在の会社を立ち上げた。
 もっとも、中古本販売は新刊本より利幅が薄い。そのうえ、宅配なので物流費など中間コストを抑えなければ、利益は望めない。そんな厳しい条件の下で稼ぐため、黒田が参考にしたのは「トヨタ生産方式」。古巣の人脈をたどり、トヨタやデンソーのOBに教えを請うた。
1日に約1万5千冊の注文をさばく。従業員1人が17分で50冊を探す。動きを指示するのはコンピューター。従業員は携帯する端末の指示に従い、本を台車に積んで回る。探す経路は、ムダのない「一筆書き」になるように計算されている。
 台車にも工夫がある。上下2段構造で、下段に載せる本の数は上段より少ない。従業員がかがむ回数を減らし、作業負担を軽くするためだ。
 トヨタの工場にもあるような、ムダやムリを無くすカイゼンの跡。「ネット企業なのに製造業の知恵が生かされている」。ネットオフは09年、米シリコンバレーであったベンチャー企業のビジネスモデルを競うコンテストで、こう高い評価を得た。


拡大路線、薄れた原点

 トヨタ自動車社長の豊田章男は10年ほど前、ネットオフの倉庫を訪れたことがある。まだ取締役だったころだ。倉庫は岡山市にあった。ネットオフは、トヨタが運営するポータルサイト「GAZOO(ガズー)」に、中古書店を「出店」していた。
 「トヨタも昔はベンチャー企業でした。ベンチャー精神で頑張っていきましょう」。豊田は、ネットオフ社長の黒田武志を励ました。
 本社と倉庫は現在、ともに愛知県大府市にあり、とても近い。「渋谷に本社があっては、トラブルが起きてもすぐに対応できないから」と黒田は言う。
 何事も現場をみて判断する「現地現物」。このトヨタの基本精神が、ネット企業の中で息づく。一方、本家本元のトヨタでは、伝統のものづくりに狂いが生じていた。
 トヨタは1990年代後半から拡大路線を突き進み、世界中で工場を建設した。生産能力は毎年、富士重工業1社分に当たる約50万台が増えた。07年には生産台数で米ゼネラル・モーターズを抜き、世界一の自動車メーカーになった。だが、その足元は揺らぎ始めていた。
 同じころ、米国でサブプライムローン問題が表面化。米国市場で好調な販売を続けていたトヨタも、変調を来す。08年秋にリーマン・ショックが世界を襲うと、大量の在庫を抱え、2兆円を超えていた連結営業利益は09年3月期、4610億円の赤字に転落した。
 大量の在庫――。必要なものを必要なときに必要なだけをつくるトヨタ生産方式(Toyota Production System=TPS)では、あってはならない。
 70年代の石油危機では、在庫を抱えて業績不振にあえぐライバルを尻目に、着実に成長を続けた。低成長時代の手本として、世界から絶賛されもした。それが今、国内の自動車大手で最も深く、景気低迷の中であえいでいる。
 異変に気づいていた人々が、社内にいなかったわけではない。99年から6年間、社長を務めた張富士夫(現会長)も、その一人だ。戦後、トヨタのものづくりの礎を築いた大野耐一(元トヨタ自動車工業副社長)の直弟子。大野の薫陶を受けたトヨタマンは、現役では数少なくなった。

 「トヨタは原点を忘れていないか」。拡大路線の先頭に立ちながら、疑問を感じていた。お金をかけずコツコツと機械にカイゼンを施し、生産性を高める意識が希薄になっていた・・・

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