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朝日新聞社

なぜベント始めない 首相は声を荒らげた 検証・福島第一原発

初出:2011年4月10日
WEB新書発売:2013年2月8日
朝日新聞

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「1〜5号機、全電源喪失!」
◆3・11 緊急事態宣言
報告うのみ、「万が一」強調
◆3・12 首相が視察
「ベントなぜ始めない」
◆3・15 統合本部設置
「撤退などあり得ない」
◆3・16 放水を決断
「まずヘリでやってほしい」
◆3・17 日米連携強化
「これは形式的な会談ではない」


「1〜5号機、全電源喪失!」

 東日本大震災の発生から56分後の2011年3月11日午後3時42分。東京電力福島第一原子力発電所の非常用ディーゼル発電機が1台を残してすべて止まった。14メートルを超す津波が6基の原発を直撃していた。
 「福島第一原発1〜5号機の全交流電源喪失! 6号機の非常用ディーゼル発電機Bのみ運転中!」。東京・霞が関の経済産業省別館。原子力安全・保安院の「緊急時対応センター」から飛び出してきた職員がメモを大声で読み上げた。
 福島第一原発の中央制御室では照明や計器の表示がすべて消えた。運転員らは自動車のバッテリーを計器につなぎ、懐中電灯で照らしながら原子炉の状態を示すデータを必死で読みとった。

 東京・内幸町の東電本店。清水正孝社長は関西に、勝俣恒久会長も中国に出張中で不在だった。「電源がないと原子炉を冷やせない」。本店に残っていた役員は血の気が引いた。
 原発にいた7人の保安院職員は約5キロ離れた「オフサイトセンター」に向かった。原子力災害時にはそこに現地対策本部が置かれ、原発の状況も常時監視できる。だが、停電と通信回線途絶の影響でデータは見られなくなっていた。
 午後5時45分、保安院の記者会見。中村幸一郎審議官が厳しい表情で話した。
 「(原子炉への)注水は継続中だが、水位がどのくらいあるかわからない」
 原子炉は制御不能に陥り始めていた・・・

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