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政治・国際
朝日新聞社

原発事故、独自に調査・公表  福井県原安課の闘い

初出:2010年3月13日〜3月14日
WEB新書発売:2011年4月28日
朝日新聞

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 敦賀原発1号機が2010年3月、国内最長41年目の運転に入った。この40年間は、福井県の原子力行政の歩みでもあった。「安全協定」を軸に振り返る。

◇安全対策、知識で迫る
◇協定見直し調査権限拡充
◇情報公開で信頼担保
◇老朽化監視、経験継承が課題


安全対策、知識で迫る

 福井県庁10階、北端の一室にある原子力安全対策課。「この検査は何のためにやるのですか」。職員たちが机を挟んで座った電力会社の担当者に質問を浴びせていた。原子力発電所の点検結果やトラブルの報告書に対し、こうして一つひとつ細かくチェックするのが日常業務という。
 ある電力会社の幹部は「彼らは、われわれ以上に原発を熟知している」。そんな原安課の最大の職務は「県民の安全・安心のための監視」だと桜本宏課長(51)は話す。
 課内の戸棚にはトラブルの通報や情報公開などについて県、立地自治体、事業主の間で取り決めた書類が保管されている。「原子力発電所周辺環境の安全確保等に関する協定書」(安全協定)だ。

 1970年、日本原子力発電・敦賀1号機が県内で初めて営業運転を始め、まもなく関西電力・美浜1号機が続いた。だが放射性物質漏れ、燃料棒の破損……、「絶対安全」と宣伝されていたのにトラブルが相次ぎ、地元に知らされないまま国会やマスコミによって明るみに出るので、住民の不安が高まった。
 県など3者は71年、「放射線に関するすべてのトラブル」などを事業主が報告するよう明記した「覚書」を取り交わした。覚書は翌年、「安全協定」に改められる。
     ◇     ◇
 当時、県の原子力行政を担当したのは「臨海開発課」。原子力の専門知識を持たない事務職員ばかりだった。相次ぐトラブル、事故隠しに加え、県内ではさらに数基の新設を控えていた。発生していることを即座に理解し、問題を見抜けるような原子力に詳しい人材が必要だった。
 県は大阪大工学部・原子力工学専攻のある学生に目を付ける・・・

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