【お知らせ】WEB新書は閉店しました。

社会・メディア
朝日新聞社

恐怖の原子炉屋上へ6回  チェルノブイリ処理の科学者語る

初出:2011年4月20日〜4月27日
WEB新書発売:2011年5月6日
朝日新聞

このエントリーをはてなブックマークに追加

◇恐怖の原子炉屋上へ6回/チェルノブイリ事故の処理にあたった科学者語る
◇最長2分、帰還誓って作業
◇不眠の証し、悲しい刺繍
◇フクシマ、同じ道たどるな/停止担った職員訴え
◇居住禁止区は灰色の世界/呼び覚ますフクシマ
◇故郷喪失、福島では起こすな/編集委員・竹内敬二


恐怖の原子炉屋上へ6回/チェルノブイリ事故の処理にあたった科学者語る

 「私たちはチェルノブイリで、地獄の門へと駆け上がった。誰もが恐怖で体が震えていた」。旧ソ連・ウクライナのチェルノブイリ原発事故が発生してから、2011年4月26日で満25年を迎えた。事故後の原発施設内で、事態収拾のため、がれき除去などに携わった元作業員の科学者が当時を振り返った。
 事故後のチェルノブイリでは、原子炉建屋の屋根部分が最も放射線量が高いとされた。セルゲイ・ベリヤコフさん(55)はその屋上に、計6回のぼった。

 ウクライナで有機化学を専門とする大学の助教授だった。軍の予備役でもあり、核防護についても研究していたため、1986年7月31日から40日間、当時のソ連軍化学防護旅団に、志願して加わった。
 原発から30キロ圏内に滞在し、爆発した4号炉などの原発施設内に、計23回入った。階段を上下し、放射能で汚染された金属やアスファルトを手で持って運び出した・・・

このページのトップに戻る