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スポーツ
朝日新聞社

尾藤魂 第二部 熱闘編 だから笑顔で受け入れる

初出:2011年5月24日〜6月30日
WEB新書発売:2011年7月4日
朝日新聞

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〈分厚いラブレター〉結婚で「わい幸せに」
〈強の名に願い込め〉勝負事に強くなれ
〈初めての夏は完敗〉好投手立ちはだかる
〈監督信任投票〉後援会とトラブルに
〈不信任1票で辞任〉「ショック、決心つく」
〈2年生部員の告白〉「実は僕が×書いた」
〈モーレツ社員に海外話〉腹を決め準備進める
〈経験生かす監督復帰〉妻の忠告受け決断
〈チームドクター誕生〉ベンチに自家製飲料
〈定時制のがんばり屋〉「監督、僕は走ります」
〈尾藤スマイル誕生〉「エラー覚悟しとる」
〈故障抱え選抜優勝〉東、痛み止めうち力投
〈「すまんかったなあ」〉オヤジに言われジン
〈甲子園の怖さ〉野手陣にミス相次ぐ
〈ノーエラーノック〉乱れ克服、意地悪な球
〈プッシュバント戦法〉実戦に向けて即練習
〈縛らず力引き出す〉「自由にやれ」逆転呼ぶ
〈延長粘り勝ち〉「思いっきりいけ」的中
〈勝負に勝ち、サイクル安打〉4番北野、努力花開く
〈横一線で夏に挑む〉背番号返せ「一から」
〈世紀の対決を前に〉山下監督、ミルクは白
〈両投手がっぷり四つ〉星稜先制、箕島返す
〈窮地で本塁打宣言〉嶋田に「よし、狙え」
〈12回裏、2死から本塁打〉「狙って打てるとは」
〈隠し球、消えたチャンス〉「まさか、三塁手が…」
〈「奇跡」の土壇場本塁打〉「僕ら箕島に勝てない」
〈史上3校目、春夏連覇〉地道に努力「選手が誇り」


名勝負、輝き今も/箕島高監督在任27年、歩んだ栄光の道

 「父は新しい世界に旅立った。みなさんが新しい世界で父を見かけたら『トンちゃん』といって友達になってあげてください。一緒に大好きな野球をやってください」――。2011年3月に68歳で亡くなった尾藤公(ただし)・元箕島高校野球部監督の葬儀で、長男強(41)は、こうあいさつした。6月に湯浅町に建つ墓には、硬式ボールのモニュメントが墓石に設置され、好きだった「一期一会一球」の言葉が刻まれる。
 野球を愛し続けたトンちゃんは、数々の名勝負を繰り広げた。1995年夏まで約27年間の監督在任中、箕島は春夏計14回甲子園に出場し、春3回夏1回優勝。「高校野球史上最高の試合」と語り継がれる79年夏の延長18回の激闘・星稜(石川)戦をはじめ、左腕東が粘りの投球で中村(高知)を完封した77年春の決勝、好投手牛島とドカベン香川を擁する浪商(現・大体大浪商、大阪)に攻め勝った79年春の決勝……。栄光をつかんでいく尾藤監督、教え子たちの道のりをたどる。

◆春初の優勝 70年春
北陽 200 000 100 100|4
箕島 000 120 000 101|5(延長12回)
 【北】永井―成海 【箕】島本―中谷 〈二〉田中、森下、川端(箕) 成海(北)
     *
 大阪万博に沸いた1970年の春、2度目の選抜出場。左腕のエース島本の好投と強力打線で優勝候補の東海大相模(神奈川)、三重、広陵(広島)を破った。決勝では北陽(現・関大北陽、大阪)と接戦を展開、3―4とリードされて迎えた10回裏に、森下が2死一塁から適時打して延長が続き、12回裏には島本が2死三塁から右前適時打してサヨナラ勝ち。3打点の島本らが土壇場で勝負強さをみせた。

◆春2度目のV 77年春
中村 000 000 000|0
箕島 002 001 00×|3
 【中】山沖―押川 【箕】東―赤尾 〈三〉西川(箕)
     *
 昼は働き定時制に通う左腕エース東を擁して、4度目の選抜出場を果たした77年春。箕島打線は2回戦の豊見城(沖縄)戦で14安打して10点を取り、準決勝の智弁学園(奈良)戦では速球投手山口を攻略して勝ち進んだ。決勝は、地方の県立同士となる中村と対戦。後にプロで活躍する山沖投手から、バントを織り交ぜた多彩な攻めで3点を奪った。東投手は肩を痛めながら、気迫あふれる丁寧な投球で、全5試合中4試合を完封する力投で優勝に導いた。

◆PL、浪商破り 79年春
浪商 100 003 201|7
箕島 102 101 21×|8
 【浪】牛島―香川 【箕】石井―嶋田宗 〈本〉北野(牛島) 〈三〉北野、上野(箕) 山本(浪) 〈二〉川端、香川、牛島(浪) 北野(箕)
     *
 PL学園(大阪)の小早川、阿部や浪商の香川ら強打者が多かった79年春の選抜。初戦(2回戦)の下関商(山口)相手に15安打で10点を取ると、準々決勝の倉吉北(鳥取)戦では10犠打を決める巧みな攻めで勝ち上がった。準決勝のPL学園戦では、1―3とリードされて迎えた9回に三塁打などで追いつき、10回裏に中前安打などで1死一、三塁にしたあと相手投手の暴投でサヨナラ勝ち。決勝の浪商戦は、ともに13安打の打撃戦。好投手牛島を相手に、それまで当たっていなかった4番の北野が選抜史上初となったサイクル安打を記録し、4打点をたたき出すなどして競り勝った。

◆土壇場で本塁打 79年夏
 ◇3回戦
星稜 000 100 000 001 000 100|3
箕島 000 100 000 001 000 101|4(延長18回)
 【星】堅田―川井 【箕】石井―嶋田宗 〈本〉嶋田宗(堅田) 森川(堅田) 〈二〉上野山(箕)
     *
 79年夏、2戦目となる3回戦で星稜と対戦。延長12回表に1点リードされた箕島はその裏の攻撃で、2死から嶋田宗が「監督、ホームラン狙っていいですか」との宣言通り本塁打して同点に。2―3と勝ち越されて迎えた16回裏には、14回に隠し球でアウトになった森川が2死から本塁打してまた同点。18回に1死一、二塁から上野が左前へ決勝打を放ちサヨナラ勝ち。まさに「史上最高の試合」だった。

◆公立初の春夏連覇 79年夏
池田 100 110 000|3
箕島 100 001 02×|4
 【池】橋川―岡田 【箕】石井―嶋田宗 〈本〉永井(石井) 〈二〉川原(池) 嶋田宗(箕)

 79年夏の3回戦で星稜を破った箕島は、準決勝の横浜商(神奈川)戦では、身長193センチの速球投手宮城から1回に先制点をとって優位に試合を進め勝利。決勝では、名将蔦文也監督率いる池田(徳島)と対戦。2―3とリードされて迎えた8回、内野安打で出た北野が相手のまずい守備もあって生還し同点。そのあと1死一、三塁から榎本がスクイズを決めて決勝点を入れた。延長18回を含む全5試合を1人で投げ抜いて来た石井投手が、6回以降を0点に抑えて優勝した。
 和歌山県勢の夏の優勝は1940年の海草中(現・向陽高校)以来39年ぶり。春夏連覇はこの時点で史上3校目、公立高校では今でも唯一だ。箕島は、決勝に進出した4大会すべてで優勝しており、大舞台での勝負強さが光った・・・

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