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朝日新聞社

特攻隊員も僕らも同じ 米艦エモンズ乗員が語る「オキナワ」

初出:2011年6月6日〜6月9日
WEB新書発売:2011年8月8日
朝日新聞

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 1945年、特攻機の攻撃を受けて沈んだ米軍艦エモンズ。今も沖縄県の沖合で当時の姿を生々しくとどめている。この船にはだれが乗り、突っ込んだ特攻隊員はだれだったのか。「エモンズの乗組員の何人かは米国で今も生きている」と知り、彼らの戦後を追った。

◇特攻隊員も僕らも同じ
◇沈む巨艦発見、心乱れた
◇「墓標」見守る元海兵隊員
◇「その時」たどる生存者


特攻隊員も僕らも同じ

 米国・ボストンから車で約2時間の森深い町に暮らすアーマンド・ジョリーさん(88)は2011年3月、自宅で日本の震災を映すテレビにくぎ付けになっていた。「被害があまりにひどく、気の毒に思った」
 ジョリーさんは日本の土を踏んだこともない。しかし、「オキナワ」は今も近くにある。19歳の時、太平洋戦争が始まった。海軍に入り、軍艦エモンズに乗り込んだ。向かった先は、沖縄だった。
 昨夏、私は沖縄県今帰仁村(なきじんそん)の沖合でエモンズの沈む海に潜った。1945年、特攻機の攻撃を受けて沈んだ船は、当時の姿を生々しくとどめていた。さび付いた艦橋や大砲を見ていると、それはもはや鉄の塊ではなく、多くの人が生活した当時が蘇(よみがえ)るようだった。この船にはだれが乗り、突っ込んだ特攻隊員はだれだったのだろうか。
 しばらくして「エモンズの乗組員の何人かは米国で今も生きている」と知った。米国の片田舎でひっそりと暮らす沖縄戦の生き残り。ジョリーさんはその一人だった。
 家の外に出て私を迎えてくれた彼は、居間のソファに座ると、語り始めた。
 「あの日は曇っていて、視界が悪かったんだ」
 45年4月6日。エモンズは今帰仁村の沖合にいた。特攻機の攻撃が激化していた。
 「カミカゼの話は聞いていた。どこから突っ込んでくるのか、恐ろしかった」・・・

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