【お知らせ】WEB新書は閉店しました。

スポーツ
朝日新聞社

夏・甲子園の奇跡  そのとき、主役の心の中は

初出:2011年8月5日
WEB新書発売:2011年8月12日
朝日新聞

このエントリーをはてなブックマークに追加

 93回を迎える夏の甲子園は、見る者を奮い立たせるような多くの名勝負、名場面を生んできた。逆転満塁本塁打や土壇場からの追い上げ、奇跡のバックホーム――。語り継がれるプレーの主役たちは、そのとき何を感じたのか。野球の底力の源を探った。(敬称略)

◇91回決勝 9回表、日本文理の2死からの猛反撃
◇78回決勝 10回裏1死満塁、松山商の奇跡のバックホーム
◇89回決勝 8回裏、佐賀北の逆転満塁ホームラン


◎9回表、日本文理の2死からの猛反撃

91回決勝 2009年8月24日
日本文理(新潟)
  011 000 115|9
  200 006 20×|10
中京大中京(愛知)

◇思いつないだ、胸を打った
 日本文理(新潟)の石塚雅俊は、ベンチから身を乗り出しながら、はやる気持ちを抑えていた。
 4―10の劣勢で迎えた最終回、2死無走者から打者6人が長短打に四死球を絡めてつなぎ、中京大中京(愛知)に2点差まで詰め寄っていた。
 2死一、二塁。決勝の土壇場、1人でも倒れれば石塚の夏も終わる。新潟大会では出番なし。甲子園で3回戦に代打出場するも三振に倒れていた。
 「チャンスをください」。監督の大井道夫に直訴した。「だめだ」。大井は俊足の2年生を起用するつもりだったが、仲間が助太刀してくれた。「石塚でいきましょう」。毎朝5時から誰よりも早くティー打撃に打ち込んできた石塚に、チームはかけた。
 打席に向かう途中、空振り三振する自分の姿が頭をよぎった。雑念を振り払い、初球をねらった。甘いカーブを強振。ライナーで三遊間を抜けた。「見えない力が背中を押してくれているような感じだった」という。
 1点差に迫り、なおも2死一、三塁。次打者は8番若林尚希。それまで3三振を喫していたが、開き直った。2球目を真芯でとらえた。「やった」。確信して一塁へ踏み出したが、打球は三塁手の真正面へ。ひざから崩れ落ちた。
 試合後、連日チームに全国から手紙やファクスが届いた。「自殺を思いとどまった」という手紙があった。「あきらめずに1点差に詰め寄った姿に勇気をもらいました」
 消防士をめざし予備校に通う若林にとって、いまもこの言葉が支えだ。2004年の新潟県中越地震で、レスキュー隊が土砂崩れの現場から92時間ぶりに幼児を救い出したのを見て、人命救助を志した。
 舞台を変えて、奇跡の続きを期す・・・

このページのトップに戻る