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朝日新聞社

震災と原発事故、その時朝日新聞は 「大本営発表」と逆転の発想

初出:2011年10月15日
WEB新書発売:2011年10月28日
朝日新聞

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 大津波と、原発事故という二つの重大な事態が起きた東日本大震災。総力を挙げて取材した朝日新聞は何をどのように伝え、何が不足していたのか。記者らの証言をもとに初期段階の報道を検証した。

◇前例なき災害を伝える
◇炉心溶融、不十分な情報でどこまで書けるのか
◇深刻な状況を伝えるには
◇葛藤「まるで大本営」
◇「我が国でも起きうるのか」海外も見つめた


前例なき災害を伝える

 2011年3月11日に発生した東日本大震災。津波による大災害、東京電力福島第一原子力発電所の事故、という新聞社が総力を挙げて取材しなければならない二つの深刻な事態に直面した。

 原発事故が深刻化、被災地からの情報も十分に入らない状態の3月13日午後。朝日新聞の編集部門を統括する吉田慎一編集担当は東京本社で招集した臨時の部長会で「戦争と同じ非常時だ。新聞の使命と朝日記者2400人一人ひとりの力量が問われている。被災の実態と支援、社会全体の不安にどう応えるか、経済がもつのか、長期化も視野に総力をあげてほしい」と報道の基本方針を示した。
 新聞を印刷する仙台工場も被災。締め切り時間を大幅に繰り上げたなか、「より新しく、必要な情報を被災地に届ける」との思いを共有し、次々に起こる事態を新聞にする限界状態の新聞作りとなった。


 原発事故報道は、確実な裏付けが取れないことを報じるという手探りが続いた。紙面の責任者であるゼネラルエディター兼編成局長の西村陽一は「政府や東電の発表が極めて不十分、不透明、不完全ななか、丁寧な独自の分析を提示することが重要」と考え、編集委員らに専門的な見解を求めながら指揮した。
 震災報道は、できるだけ多くの情報を被災者と読者に提供、被災者に寄り添う紙面を目指すという方針をもとに進めた。被災者に一番伝えたいこと、知りたいことを意識し、「死亡・行方不明者数万人」という数字に被災者の人生を埋もれさせない報道も目指した。
 原発事故報道は、事態を把握して伝えることに追われ、発表に頼らない報道や検証が後手に回り、震災報道は東北3県に隠れて関東の被害報道が手薄になったとの反省もある。
 「新聞は放射能のように議論が分かれること、わからないことの報道に経験が不足していた。事実を書けと言われ続け、不確かなことは書かなかった。でも、放射能は不確かなことでみんながおびえている。わからないことは、なぜわからないのかも含めて読者に知らせる、そんな覚悟も必要だ」。吉田はそんな教訓を得たと感じている。


炉心溶融、不十分な情報でどこまで書けるのか

 11年3月12日午後3時36分、福島第一原発の1号機の建屋が爆発した。
 翌13日の朝刊は1面でこれを報じた。「福島原発で爆発」と大きい横見出し、縦見出しで「周辺で90人被曝(ひばく)か」「1号機炉心溶融、建屋損傷」とした。
 1面に「炉心溶融」の用語説明をつけ、核燃料の被覆管、さらに燃料が溶け、炉心構造物の破壊と落下に至る、とした。放射性物質が大量放出する恐れがある、最悪の事故を指す単語だからだ。
 国が後に発表した原子炉の解析結果によると、津波到達から4時間半後には、燃料溶融が始まった。紙面で報じた通りの状況が、原子炉内で起こっていた。しかし当時、これを活字に書くのは、経験のない困難な作業だった。

◎蓋然性高いのは
 原発の安全をチェックする経済産業省原子力安全・保安院では、断続的な記者会見が開かれていた。最初に「溶けている可能性」への言及があったのは、3月12日朝10時ごろの会見だった。
 「燃料の一部が(水位計の)数字からすると(冷却水から)露出しているので被覆管の一部が溶け始めていることも考えられる」
 ――ゆゆしき事態か。
 「分かっていないというのが正確。注水はしており、表示は実態を表していないと思われる」
 ――溶け始めている、は訂正か。
 「可能性、という言葉にする」
 報道官の説明からは、原子炉内で何が起こっているのか明確な説明を得られない。現場の記者のいらだちは、本社で取材を指揮するデスクらにも伝わった。
 水位計の信頼性にも疑問符がつく。燃料が冷却水から露出しているのかさえ確証を持てない。
 科学医療部デスクの服部尚は、10年以上の原子力取材経験から「臆測は必ず覆った経験を思い出した。少しでも、何かのデータが必要だと考えた」と振り返る。核燃料の性質や事故のシナリオについての知識をもとに、溶融が起こっていると推測できても断定はできない。
 現場からの断片的な情報をまとめて原稿にするアンカー役の記者の行方史郎も「推測や、論理に飛躍のあるストーリーは採用しない」と自分に言い聞かせた。
 一方、記事の扱いと見出しを決める編集センター長代理の梶谷卓司は、原稿に正直、まどろっこしさを感じていた。「自信がないときに『可能性』と弱めて書くのは分かるが、科学的に蓋然(がいぜん)性が高いのはこうだ、と書いてほしい。原子炉を開けるまで、確定的なことが言えないのは当たり前だ」
 朝日新聞の仙台工場も被災、交通事情も悪く、紙面を印刷に回す「降版時間」が大幅に繰り上がっていた。遠隔地に届けるため一番早い「初版」は午後6時半。首都圏近郊に配る13版でさえ同9時半だった。製作が前倒しとなり、この日の朝刊作りに向けて編集方針を話し合うデスク会が開かれたのは午後2時。その1時間半後に爆発があり、一度決めた紙面計画は崩れた。
 梶谷は、「午後9時50分に『被曝者3人』の一報。10時50分には数十人になった。だから13版は2回『追っかけ』を取った」と振り返った。「追っかけ」は、間に合う地域だけでも最新ニュースを入れた紙面に差し替えることだ。
 「政府はこんなに楽観的でいいのか、紙面ではっきりさせないといけない」。被曝の事実と後手に回った政府の対応を最終版の2面と3面で報じた。見出しの大きさは「この日のニュースは1番が爆発、2番が被曝。溶融かどうかはその次の話だ」と判断した。

◎記事は断定せず
 限られた情報でどこまで書くか、判断を迫られた科学医療部デスクの桑山朗人は炉心溶融について「溶融の可能性が高い」として原稿を出した。「記事では断定しない。見出しでは打つ。こうした紙面は、その後も何度か作った」
 原子力安全・保安院が炉心の溶融を認めたのは4月18日。東京電力は20日だった。紙面作成の現場は、3月12日の段階で、踏み込めるところは踏み込んで報じた、とそろって口にする。
 一方、記者らには専門知識の面で限界があったと認める声もある。科学医療エディター(部長)の大牟田透は「原子炉は何時間空だきするとどうなるかなど詳しいデータを知っていたら、もっと的確に記事を書けた」と振り返る。
 限られた情報をもとに、原発事故の深刻さや危険性をどう伝えるか。記者たちは、その後も悩み続けた。


深刻な状況を伝えるには

 震災が起きた3月11日、当初は原発事故を楽観する情報もあった。
 炉心冷却に必要な電源が失われ、非常用発電機も動かない「全電源喪失」が発表されたのは午後4時ごろ。しかし、電源不要の冷却装置やバッテリーは動いているとされた。
 枝野幸男官房長官は午後7時半過ぎの会見で、問題は注水する電力の1点だけかとの質問に、「そういうこと」と答えた。
 後の国の解析では、1号機の核燃料は午後8時ごろには溶け始めていた。しかし、3月12日午前0時半過ぎの会見でも、枝野氏は「現時点ではコントロールできている」として、電源車が順次到着すれば大丈夫との見通しを示した。
 大牟田は「全電源喪失は起きてはならない事態。当然、万全の対策があるものと思ったのは事実」、桑山も「最悪に備えようと言いつつ、どこかで最悪はないだろうと思っていた」と振り返る。
 3月11日夜以降、原子炉の水位や圧力などのデータは不安定な動きを示した。圧力を逃すベント(排気)も実施され、3月12日朝には敷地内で高い放射線量が計測された。同日午後、1号機の建屋が爆発後、敷地内の放射線量が逆に下がるなど、解釈しづらいデータが届く。
 どれだけ深刻で、どうなるのか、客観的に書く材料がない事態が続いた。

◎専門記者が解説
 紙面責任者である編成局長の西村陽一は「最悪のシナリオは何か、放射能放出はどうなるのか。丁寧な報道と独自の分析の提示が重要だ。専門記者に経験と識見を最大限生かして解説してもらうしかない」と考えた。
 限られた情報と時間のなか、チェルノブイリ原発事故を長年ウオッチしてきた編集委員の竹内敬二が解説を書くことになり、3月12日の朝刊から、1週間で10本を連続執筆した。
 「今後、放射能の大量放出という事態もある。米国スリーマイル島原発より大きな事故といえるだろう」(13日朝刊)、「3基すべてが極めて危険で不安定な状態にある」(15日朝刊)。
 3月15日夕刊では「極めて深刻な放射能放出が始まった……避難では、子どもを最優先する」と踏み込み、「日本社会の強さが問われる」と覚悟を呼びかけた。
 竹内は「何が起き、どうなりそうかを率直に書いた。3月15日は大量放出がどこまで拡大するのか、と震えるような怖さのなかで夕刊の解説を書いた」と話す。

◎逆転の発想から
 国は事故を過小評価しようとしていた。3月18日に発表した国際尺度の暫定評価は「レベル5」。放射能の放出が限定的だった米スリーマイル島原発事故と同じ規模、との見立てだった。しかし、3月13日朝刊の解説で「スリーマイル以上」と指摘後、事故の規模は拡大していた。
 国の評価に疑問はあっても、覆すデータは東電と保安院が独占している。3月25日の朝刊1面の「レベル6相当」の記事は、逆転の発想から生まれた・・・

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