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朝日新聞社

浦和レッズに何があったのか 君臨すべきクラブの衝撃的な低迷

初出:2011年10月30日〜11月5日
WEB新書発売:2011年11月11日
朝日新聞

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 07年にはアジア王者になった浦和が沈んでいる。ここ3年は優勝争いにも絡めず、リーグ一を誇った観客動員数も低迷の一途をたどっている。君臨すべきクラブの衝撃的な低迷ぶりの現状や影響を探る。

◇お家騒動、監督ころころ
◇悔しさ胸に前へ
◇スタンド、赤く染まらない
◇ビッグクラブへの道半ば
◇J終盤戦、クラブ困った


お家騒動、監督ころころ/5年で5人 定まらぬ方向

 「本当に訳してもいいんですか」。2011年10月15日、J1浦和―大宮戦。残留を争う相手に0―1で敗れた後の記者会見だった。浦和の通訳はペトロビッチ前監督に確認してから訳した。「自分は残りの5試合が終わったら、次の年は残らないことを決めた」
 突然の退任表明だった。浦和の橋本光夫社長も繰り返した。「初めて聞いた。本人の意図がわからない。ノーコメント」。浦和の幹部には何も伝えられていなかった。
 橋本社長は翌16日、前監督との会談を持つ。次の横浜マ戦も前監督が指揮を執ることを決め、選手にも説明した。ただ、そう確認したわずか4日後、1試合も経ずに解任。橋本社長は「ベターな選択」を強調したが、横浜マ戦のわずか2日前だった。
 結果は出ないが、先につながるサッカーをしていると自己評価して1年契約の更新を求める前監督に、「選手の指導法は評価している」としながら契約更新を進めなかったクラブ。溝は少しずつ開いていた。
 前監督は最後のあいさつにクラブハウスを訪れた時も「点の取れるFWがいなければ、カペッロ監督やヒディンク監督を連れてきても同じ結果にしかならない」と報道陣に嘆いた。
 毎年のように起きる浦和のお家騒動。今季は監督人事だけではない。柱谷幸一GMは、それよりはるか前の11年9月11日に更迭された。「サポーターの声を聞いて何かを変えないといけないと思った」(橋本社長)。W杯予選によるリーグ中断期間が明けてすぐの解任。手を打つなら中断期間だったはずなのに不可解なタイミングだった。
 ここ5年間、ペトロビッチ前監督を継いだ堀孝史監督で指揮官が5人目ならば、強化担当の責任者も4人目になる。浦和の社長は三菱自動車出身者が務め、必ずしもサッカーに詳しくはない。その補佐をするはずの強化担当責任者がころころ変わる。これでは、チームの方向は定まらない。
 実際、育成と結果を両立させるバランス取りがうまくできない。
 スター選手ぞろいだった浦和は2009年、新陳代謝も図るべく、若手育成に評価が高いフィンケ監督を就任させた。山田直や原口ら20歳前後のユース出身選手たちは成長したが、その間にポンテ、闘莉王、阿部、細貝らが移籍。屋台骨を一気に失った影響が今季も続く・・・

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