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スポーツ
朝日新聞社

オレ流8年の真実 落合博満「チームは家族」

初出:2011年11月24日〜11月29日
WEB新書発売:2011年12月9日
朝日新聞

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 リーグ優勝3度、日本一も1度。中日の球団史上、最も輝かしい実績を残してきた落合博満監督がチームを去った。安易な補強に頼らず、厳しい練習と徹底した実力主義で選手の競争を促す「オレ流」の8年間を歴代の中日担当記者が振り返った。

◇適材適所で1年目V
◇鼓舞・涙…意外な「熱さ」
◇日本一へ、記録より勝利
◇守りの要、託すアライバ
◇愛情が生んだ逆転V2


適材適所で1年目V/球場へ験担ぎの白ずくめ

 純白のサマーセーターに、真っ白なズボンと靴。靴下まで白だった。
 就任1年目の2004年。優勝をかけて阪神と争っていた8月後半、「白星」への切実な思いが、落合監督の服装に表れていた。連日、全身白系統の服で球場入り。「オレ流」の独特なファッションと言われればそれまでだが、神頼み的な繊細さも併せ持っていることに驚いた。
 この年のシーズン開幕日も、名古屋市内の自宅から真っ白なジャケットを羽織って、ナゴヤドームに向かっていった。もっとも、信子夫人から「ピシッと行け!」とのアドバイスがあったから、らしいが。
 一匹おおかみ、協調性がない――。自分以外に興味がないという印象を持たれがちだが、就任1年目の落合監督には「球界の開拓者」という言葉が似合った。就任会見で語った「オレには絶対に要請がこないと思っていた」という監督業。せっかくの機会だからこそ、今までにないやり方で球界を変えてやる、という前向きな気持ちがムンムンと伝わってきた。挑んだのは、フリーエージェント(FA)などで、有望選手をかき集め、生え抜きの若手にチャンスが回ってこない一部球団のやり方だ。
 就任1年目は、1人の選手のクビも切らず、2軍でくすぶっていた若手らに活躍の場を与えた。適材適所で次々と選手を起用し、04年は支配下登録70人中、57人が1軍でプレーした。
 当時の落合監督の印象深い言葉がある。「チームは家族。選手は見られることで伸びる。無視されることが一番つらいんだぜ」。真意をなかなか語らず、報道陣に対しては「偏屈オヤジ」だったが、身内たる選手たちへの接し方は、愛情に満ちていた・・・

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