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経済・雇用
朝日新聞社

借金が民主主義を支配する カオスの深淵「欧州発の危機」

初出:2011年12月4日〜12月6日
WEB新書発売:2011年12月16日
朝日新聞

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 グローバル化のひずみがあらわになってきた。民主主義の発祥地、欧州では、政府債務という借金が市場を舞台に暴れ回り、各国政府を次々と屈服させている。巨大になった市場の力・スピードに、民主主義は対応しきれない。欧州危機の意味することとは? 世界が陥っている混沌ぶりを読み解くシリーズ「カオスの深淵」の第一弾。

〈1〉借金が民主主義を支配する
〈2〉市場という魔物
〈3〉不信の渦、脱税と増税と
〈4〉薄れる国境、踏み出す市民


第1章 借金が民主主義を支配する

 民主主義への道は、人々を借金の苦しみから解放しようとした男が切り開いた。
 紀元前6世紀初めのアテネ。貧しい市民の多くは、金持ちから金を借りてやりくりしていた。借金のかたは自分の体。返せない者は奴隷になった。アテネ大学のエフゲニア・マキギアンニ教授(古典学)によると、落ちぶれた人が増え、社会には緊張が高まっていたという。
 そこに、ソロンという政治指導者が登場する。
 彼は借金を帳消しにし、多くの人を隷属状態から市民に戻した。人間を借金のかたにすることも禁じた。さらに、富裕層などに限られていた政治参加を貧しい市民に広げた。次々打ち出した改革は、古代民主制の土台になったとされる。
 そんな出自を持つ民主主義が今、世界中で借金の前に立ちすくんでいる。
 「ソロンの時代は、経済も政治もアテネの中の話だった。でも、今はグローバル化した市場が相手。どうしようもない」と教授はあきらめ顔だ。最近、給料が3割カットされた。
    ◇
 債務危機は出口が見えない。欧州連合(EU)ではギリシャ危機などの処理にもたつくうちに、大国ドイツの国債さえ火の粉をかぶった。欧州に解決を促す米国でも、財政赤字を削減するための与野党協議は決裂。日の政治も債務問題で迷走を続けている。そして多くの民主主義国で、じりじりと予算が削られ、福祉や教育が後退し失業者が増えている。
 「あれは血に飢えているんだ」。グローバル市場を獣(けだもの)にたとえたのは、ニューヨーク・ウォール街で金融界に抗議する集会の参加者ではない。アテネ商工会議所のコンスタンチノス・ミカロス会頭だ。市場の猛威を目撃した者の恐怖がにじむ。
 ギリシャ中央銀行によると、同国ですでに50万世帯が無収入状態。欧州全体も長い景気後退は避けられそうにない。国内総生産(GDP)でユーロ圏の約2%にすぎないギリシャから始まったドミノ倒しは、98%の国々の民主主義も追い詰めている。
 市場に退場を命じられたように、ギリシャのパパンドレウ首相に続いてイタリアのベルルスコーニ首相も去った。どちらもEUとつながりの強いテクノクラートに交代した。選挙はなし。「われわれを統治するのは政府ではなくて市場だ」と会頭は困惑を隠せない。
 パパンドレウ政権で経済相などを務めたルカ・カツエリ国会議員は「これは金融市場との戦争だ」という。「今は確かに民主主義が侵食されている。しかしそれは闘いに勝つため。負ければすべてを失う」
 フランスの歴史家、エマニュエル・トッド氏は「今や民主主義が闘う相手は借金だ」と話す。債務返済のために各国が国民に強いる痛み。それは結局「金融界が国家を通して人々から取り立てる課徴金にほかならない」とも。
    ◇
 アテネ下町にある古ぼけたビルの一室。借金に悩む人のためのNPO相談所だ。訪ねる人が経済危機以来8割も増えた。
 テオドロス・タンプロス代表は、解雇で住宅ローンが払えなくなり、銀行に自宅を取り上げられる人が増えていると言う。「このままだとローンを抱える人の6割が家を失いそうだ」
 ソロンは詩人でもあった。残された作品にこうある。
 「人々の上に立つ者たちが不正で財をなす。聖なる宝も公共の財産も奪う。そして正義という神聖な原則さえないがしろにする」
 2011年、世界中で多くの市民が街頭に出て異議を申し立てた。豊かさをもたらすはずのグローバル化が、「神聖な原則」をなぎ倒し、社会に混沌(こんとん)(カオス)を広げていることへの抗議ともいえる。


第2章 市場という魔物


 市場に遅れるな、もっと早く。欧州で政治がせきたてられている。
 「欧州が早く変わらなければ、歴史は欧州抜きで書かれることになる」。サルコジ仏大統領の11年12月1日の演説には焦りの色が濃かった。
 ギリシャの債務危機以来、欧州連合(EU)の対応は市場に出し抜かれ続けた。加盟国で話し合って結論を出す余裕もなくなった最近は、独仏2大国が流れをつくる場面が増えている。とりわけ経済の要であるドイツの姿勢を市場は見極めようとする。
 しかし、11年12月2日に演説したメルケル独首相は「マラソンに勝つのは、最初に駆けだした者ではない」。自国世論の支持がないまま動く気配は見せない。
 ジュネーブでヘッジファンドを経営するフィリップ・ジャブレ氏は「政治家は『5年の時間をくれ。そうすれば問題をただすことができる』という。しかし、それは5年前にやっておくべきことだ」と容赦ない。「お金を貸している国債投資家たちは心配になれば売る。そして金利が上がる。金利が上がれば債務がどんどん大きくなってしまう。市場はこうした負の連鎖を作りだしているわけではない。加速してはいるだろうが」
 だが、その「加速」が、時間をかけて議論をする民主主義の土台を揺るがす。
 市場の速さについて行こうとすれば民主主義は制限される。民主主義を尊重しようとすれば市場が社会を窮地に追い込む。民主主義はわなにはまったように見える・・・

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