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経済・雇用
朝日新聞社

TPPを考える 東京目線の思考への不安感

初出:2011年11月25日〜2012年1月27日
WEB新書発売:2011年12月22日
朝日新聞

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 今や国のあり方を問うテーマとなっているTPP。ドラマ「北の国から」を世に送り出した脚本家の倉本聰さんは、TPPへの参加に不安を感じているという。北国で自ら土に触れてきた倉本さんが覚える不安とは何なのか。「薬の値段が高くなる?」「公共工事、外資に奪われる?」などTPPに関する疑問に答えた「教えて!TPP」全15本も収録。

◇〈インタビュー〉脚本家 倉本聰さん
◇第1章  関税ゼロじゃない品目は?
◇第2章  関税ゼロだとコメの価格は?
◇第3章  サトウキビ農家の保護策とは
◇第4章  牛肉自由化でどう変わった?
◇第5章  小麦の「国家貿易」は崩壊?
◇第6章  生乳「すみ分け」難しくなる?
◇第7章  北海道の畑作への影響は?
◇第8章  関税以外に何を決めるの?
◇第9章  遺伝子組み換え表示は残る?
◇第10章 環境規制は日本に有利?
◇第11章 薬の値段が高くなる?
◇第12章 海外小説、売りにくくなる?
◇第13章 ビザ取得は簡単になる?
◇第14章 公共工事、外資に奪われる?
◇第15章 かんぽ生命、どうなる?
◇第16章 国が企業に訴えられる?
◇第17章 海外投資リスク減らせる?
◇第18章 商品の「国籍」、どう決める?
◇第19章 通信分野はメリット大?
◇第20章 農業の輸出倍増計画?
◇第21章 食料自給率、上げられるの?
◇第22章 農業はどう保護するべき?
◇第23章 参加の同意得るのも大変?
◇第24章 中国を牽制する狙いも?
◇第25章 経済効果、大きい相手は?


〈インタビュー〉脚本家 倉本聰さん/北の国から TPPを考える


土から離れた議論
農業を知らない
東京目線の思考

 北海道・富良野を舞台に、ドラマ「北の国から」を世に送り出した脚本家の倉本聰さん(76)が、いま環太平洋経済連携協定(TPP)への参加に不安を感じているという。東京から富良野に移り住んで34年。北国で自ら土に触れてきた倉本さんが覚える不安とは何なのか。そして、いまの世界経済に感じる疑問とは。

 ――TPPの論議をどう見ますか。
 「私は経済の専門家ではないし、直感的な言い方しかできないけれど、土に触れたことがない人たちの議論が続いているように思いますね。それで大丈夫なのか、不安感があります」

 ――不安感、ですか。
 「例えば、農産物でいえば環太平洋のどこかからいつでも持ってこられる、という考え方でしょう。でも、本当にそうなのかなぁ。石油はどうですか。いずれ枯渇するでしょう。石油がなくなったら、輸送がものすごく打撃を受けますよね。モノをどっかから自在に持ってこられるということも、30年、40年はもたないように思います。もう少し長い目で見据えないと間違える気がしますね」
 「全世界の原油の残量は、富士山1個分の容積に満たないと言われています。そこから、中国やインドもこれからもっともっと採っていくわけです。非産油国は、ものすごく弱い立場になると思うんですよね。日本は第2次大戦が始まる前に、そういう状況になったでしょう」

 ――海外から持ってこられなくなったら、その分をまた国内で作ればいいのでは。
 「そんなに簡単じゃありませんよ。私たちも土の改良に10年近くかかったんです。農薬漬けの土地を10町歩買って、有機でやろうとしたら雑草や虫との闘いでした。山から落ち葉を拾ってきて入れたり、ニンニクをすりつぶして殺虫剤代わりにまいてみたり、いろんなことをやりました。でも、土が良くないから育たないですね。最終的に10年目くらいに炭を焼いたんです。炭を粉にして土に混ぜたら、そしたらね、やっとミミズが出てきたんですね。感動しました」
 「近所の農家の方たちも、そういう工夫をみんなやっています。ミニトマトを植えてみたら虫が来なくなったとか。そういう技術がいまの農村の老齢化で若い世代に伝わっていかないんですね。若い世代は米国流の農薬を使い石油を使い、いわば工業化された農業に慣れきってしまっています。だから、石油がなくなったらどうしていいか分かりません。土をいじると、新たな発明があるんですよ。その成長を一度、止めてしまったら、回復は難しいし、消滅してしまうものもあるんです」
     ◇
 ――TPPは富良野の農業も壊しますか。
 「富良野の農家さんもスーパーに行って安いものを買っちゃうでしょうね。これは人間の本能だし、農村は自ら非常に矛盾してしまう」
 「数年前に、原油が高騰して漁師が漁に出られないというニュースがありましたね、あれはマネーゲームでしたが。あの時に、農家の50代の人に『石油がなくなったらどうする』と聞いたら、『80歳近いおやじなら農耕馬を使うだろう、でも、俺は馬の使い方も知らんし、飼い方も知らん』と。石油を使わない古来の農業は、すでに伝承されていないんですよ。このことがね、一番、怖いんですよ」

 ――農業を知らない人が多すぎるのでしょうか。
 「東京から見ていると、北海道がダメなら九州なんかから持ってくるから、気象の影響で農産物が年々で変わっていることがピンと来ていないんじゃないですか、年によって不作の地域があることが。東京の目線でみんな考えちゃっているんじゃないでしょうか」
 「農林漁業は統御できない自然を相手にするところから始まっている。工業は、すべてを統御できるという考え方に立っている。この違いはでかいですよ。統御できるもので勝負して、統御できないものは切り捨てる。そういう考え方が、TPPの最大の問題点だと思えるんです」

 ――統御できないものは、放っておけばいい。そんな考え方もあるのでは。
 「自然を征服できなければ、その土地を捨てて、次の場所へ移ればいい。それが米国流の資本主義の思考じゃないかな。でも、日本の農業は明らかに違う。土着なんです。天候が悪くて不作の年は天運だと受け止め、歯をくいしばって細い作物で生きていく。それが農業の本来の姿でしょう」

 ――農業は弱いものですか。
 「いや、生きる手立てとしては、最も揺るがないものですよ。僕自身、終戦後66年の中ですごく不安感があったんです。どんどん豊かになっていく暮らしが続くわけがないっていうね。だから僕は地方に移ったし、じゃあ、地方で生きていくためにどうやったらカネが一番かからないんだって言ったら、やっぱり自分の体を使うことですよ」
 「役者やライターを育ててきた富良野塾では26年間、3食を280円で賄ってきたんです。野菜の4割は、規格外で畑に捨てられちゃう。それを拾ってくればいい。細いニンジンや小さなタマネギがたくさんある。富良野塾をやってみて、ああ、食えちゃうんだって思いましたね。自給自足の弥生式をやろうと思っていましたが、採取の縄文式です」

 ――むしろ、社会の仕組みのほうがニンジンを捨てさせている。
 「ええ。考えてみて下さい、それって本当は商品なんですよ。刻んでカレーに入れたら変わらないのに流通には乗らない。捨てられたニンジンを集めて浜松あたりまで運んで売ろうとしたことがあるんです。20人くらいで2、3カ月やったけど、10万円にもならなかった、輸送経費がかさんでね。がっくりしましたよ、なるほど、社会の仕組みはこうなのかと」

思想も民族性も
一つにはならぬ
違い認める英知を

 ――そういえば、「北の国から」で田中邦衛さんが演じた黒板五郎も農業をしていますね。
 「ええ、カネがかかってないでしょう。黒板五郎のやっていることは。あの人、税金払ってないんですよね。その代わり生活保護を受けることも年金をもらうこともないのが当たり前だと思っているわけですよ。そこまで徹底しているんです。これは僕の理想なんだけれど、そこまでいけないから黒板五郎に託したわけですよ」

 ――倉本さん自身も、土をいじるようになって変わりましたか。
 「そりゃ、変わりますよ。まず、毎朝起きた時に、天気が心配ですよね。窓を開けた時に、今日は冷えているな、とか。今日はぬるいなとか。雲を見てどっちに流れてるかな、今日は崩れるな、とか。うちの近所で十勝岳がちょっと出ると見えるんだけれど、十勝の雲が上にあがっている時は晴れる、山沿いに下がっている時は崩れてくる。習慣になっちゃってますよ。畑の手入れがありますからね。冷え込む日に霜対策をしなかったら、1年分の収穫がパーになっちゃう。自分の力が及ばない自然を相手にすると、人間は変わりますよ」

 ――畏敬(いけい)の念が生まれると。
 「生まれますね。自然を統御できるなんて、思い上がりですよ。なぜ、経済って、こんなに偉くなっちゃったんですかね。日本は確かに経済大国になった。でも、日本というスーパーカーに付け忘れた装置が二つあると思う。ブレーキとバックギアですよ。みんながブレーキをかけることを恐れ、バックは絶対しないと考えている。前年比プラス、前年比プラスと、ひたすらゴールのないマラソンを突き進んでいる」

 ――日本は畏(おそ)れを知らない国になっている。
 「ええ。日本は、小国でもいいから尊敬される国を目指すべきじゃないですか。私はかねがね、ブータンが一つの理想だと思っている。ブータンの国王が先日、来日しましたよね。国王の姿を見ていると、実に素朴で、田舎の村長みたいだけど、日本人より人間の格が上だという気がするんです。王様の爪の中が見たかった。土で黒いんじゃないかって気がしたんですよね」

 ――今の社会や経済のシステムと、その延長線にあるTPPは受け入れ難いですか。
 「高校生のころ、本当にうちは悲惨な状態だったんです。そういう時におふくろがお年玉でくれた500円札は、どうしても使えなかった。他の500円札は使えるんですよ。でもおふくろの500円札は、500円を示す紙切れじゃなくて、もっと大事なものとして自分の中にはあるわけですよね。愛情が注がれているから価値が上がってくるんですね。その部分をTPPも今の政治も忘れちゃいないかって気がします」
 「TPPって、危機に陥っているユーロ圏と、どこか似ていませんか。最近の混乱は、通貨の統一と同時に、思想も民族性も一つにできると錯覚したところに問題があったと思うんですよ。ブータンはブータンで認めて、日本は日本の生き方を認めて、そのうえで互いに助け合う。それが、これからの人間の英知なのではないですか。そういう気が僕はするんだけど。間違ってますかね」


第1章 関税ゼロじゃない品目は?

 日本はシンガポールやメキシコ、インドなど13の国・地域と経済連携協定(EPA)を結んでいる。お互いに貿易や投資を自由に進めるのがねらいだが、日本のEPAでは、輸入品にかけている税金(関税)をなくす対象から外している品目が多いのが特徴だ。
 その数は940。皮革製品などの鉱工業品も含まれるが、このうち850を農林水産品が占めている。内訳は、大きく分けて三つある。


 まず、相手国との交渉時に、関税をなくす対象からそもそも「除外」している農林水産品が400。コメや小麦、砂糖、バターなどだ。21%の関税をかけている牛丼のレトルト商品、10%のアジやサバ、15%のコンブといった品目もここに入る。コンブを例にとると、関税がなくなれば「つくだ煮などの加工用は安い海外産に置き換わり、国産は贈答品やだし汁向けしか残らなくなる」と、農林水産省はみる。
 二つめは、関税ゼロに応じていないが、相手国の求めによって「再協議」するもので、チーズや落花生など320。三つめが関税を下げたり、一定量の輸入枠を認めたりしているが、関税ゼロにはしないもの130。関税21%のコンビーフや20%の肉まん、6%の焼き鳥などだ。
 ただ、これらの農林水産品は必ずしも1作物1品目とは限らない。たとえばコメでは、「もみ」「玄米」「精米」「砕米」など34品目に分けられている。きめ細かく例外品目をつくって国内の農家を手厚く守ってきたともいえる。
 環太平洋経済連携協定(TPP)は、例外を設けず、関税をなくすことを原則としている。日本が参加する交渉では、これらすべての品目が、関税ゼロに向けた話し合いのテーブルに載せられる・・・

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