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社会・メディア
朝日新聞社

原発とメディア〔3〕 「容認」の内実(上)

初出:2011年12月1日〜12月28日
WEB新書発売:2012年2月24日
朝日新聞

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 1970年前後を境に、反原発の世論が高まった。原子力発電をどう考えるか、メディアの姿勢が鋭く問われた。朝日新聞は基本的に容認の立場をとり、原発に甘すぎる、との批判を浴びた。容認の「内側」に何があったのか。2011年12月から38回に渡って朝日新聞夕刊で連載された「原発とメディア 容認の内実」の1〜19回分を収録。

◇第1章 ウラン濃縮実験をスクープ
◇第2章 大阪万博に6400万人
◇第3章 福島原発、運転開始
◇第4章 早すぎた社説
◇第5章 「国策支持が朝日の方針」
◇第6章 原子力の監視は社会の責任
◇第7章 計画拡大を容認
◇第8章 伊方原発めぐり住民提訴
◇第9章 放射能データ捏造事件を追え
◇第10章 「原発で被曝した」と提訴
◇第11章 「ナゾだらけの皮膚炎」
◇第12章 電源三法の成立を黙認
◇第13章 原子力船むつ、放射線漏れ
◇第14章 不安だが、やむをえない
◇第15章 「事故は確実に起きる」
◇第16章 連載「核燃料」始まる
◇第17章 避け得ない選択
◇第18章 原子力への協力度
◇第19章 「核燃料」に厳しい批判


第1章 ウラン濃縮実験をスクープ

 日本原子力学会の年次会合の開催を前に、400ページもある発表要旨集が科学技術庁記者クラブのメンバーに配布された。
 1969(昭和44)年3月のことだ。
 同庁を担当する朝日新聞科学部記者、当時33歳の吉本光一(76)は、要旨集に収録されていた「気体拡散法によるU(ウラン)同位体の分離」と題する研究報告に注目した。
 天然ウランは、99・3%のウラン238と、0・7%のウラン235からなる。このうち核分裂を起こすのは後者のウラン235。天然ウランに含まれるウラン235を濃縮してゆくと、効率のよい核燃料をつくることができる。
 吉本が読んだ研究報告は、理化学研究所がウラン235を濃縮する基礎実験に成功したというもので、米国からの輸入に頼る濃縮ウランを、国内で製造する第一歩につながることが期待された。
 吉本は、横浜国大工学部に学んだあと、60年4月に朝日新聞社に入社。広島支局、大阪社会部をへて68年4月から東京科学部で取材活動にあたっていた。
 ウラン濃縮実験について、吉本は急いで原稿を執筆。科学部の先輩記者木村繁(当時36)が解説を書いた。学会発表当日の69年3月31日、朝刊の1面トップを飾った。


 8月、木村は科学部デスクになった。一般の記者に指示やアドバイスをして紙面作りをリードする役回りだ。
 70年3月14日、日本万国博覧会の開会式が大阪・千里丘陵の会場で行われた。
 テーマは「人類の進歩と調和」。同日の朝日社説は「進歩がもたらした不調和を、これからいかにして是正し、償っていくか、万国博はその出発点」だと論じた。
 同じ14日、福井県敦賀市に日本原子力発電会社の敦賀原発が完成、万博会場に「原子の明かり」を送った。
 2年半後、吉本は、木村との意見の衝突がもとで他部への異動を余儀なくされた。


第2章 大阪万博に6400万人

 1970(昭和45)年3月に開幕した大阪万博は連日、たいへんな人出でにぎわった。3月21、22日の連休に、合わせて70万人近くが入場。5月3日の憲法記念日は、1日で50万人を超えた。
 その万博会場に「抽象的でわかりにくい」と指摘された展示があった。日本政府の展示館「日本館」にしつらえられたタペストリー「かなしみの塔」がそれだ。原爆がもたらした惨禍を表現していた。
 日本館のガイドらは、広島市の広島平和文化センターから英文パンフレット「ヒロシマ」1万部の提供を受け、入館者への配布を準備した。
 ところが、政府の許可がないことなどを理由に、館の事務局が取りやめを指示した(8月6日付朝日新聞)。別の展示館では、原爆や戦争の写真が展示制作者に無断で撤去された(4月12日付朝日新聞)。


 一方、電力業界が出展した「電力館」では、高速増殖炉の炉心部の原寸大模型などが展示され、原子力の未来が語られた。
 政府関係者らは、原爆の記憶を排除したところに日本と世界の未来像を描こうとした。しかし、その記憶は人々の胸に刻みこまれていた。
 内閣広報室の69年の世論調査によると、「原子力」と聞いて、「東海村」など「平和利用」関係のことを思い浮かべるという回答は34%、「広島・長崎」など戦争に関することが63%。「原子炉の爆発や放射能による汚染のおそれはない」とみるのは18%で、45%は「懸念がある」と回答した。
 「原子力アレルギーを消したい」
 原子力開発の推進者はそう考えた。
 その一人、鹿島建設副社長の石川六郎(のち日商会頭)は、こう語っていた。
 「原子力アレルギーが原発反対論に同調する根拠となってはならない。単なる無知からくる妄想は排除されつつあるが、政府・開発関係者はもとより、学者・ジャーナリストを含めた幅広い運動で、原子力への理解を国民に浸透させる必要がある・・・

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