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朝日新聞社

プロメテウスの罠〔4〕 東電は述べた「放射性物質は無主物である」

初出:2011年11月24日〜12月7日
WEB新書発売:2012年3月2日
朝日新聞

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 原発から飛散した放射性物質は「無主物」であり、原発から飛び散った放射性物質は東電の所有物ではない――。除染の責任はないとする東電の主張の裏で、内部被ばくの不安は首都圏にも広がっている。2011年11月23日から12月7日渡って掲載された、朝日新聞の好評連載「プロメテウスの罠」の第4シリーズ「無主物の責任」全14回を収録した。

◇第1章 だれのものでもない
◇第2章 原爆の時よりひどい
◇第3章 被曝者の先輩として
◇第4章 不思議な死に方
◇第5章 「だるい」ピンときた
◇第6章 国は切って捨てた
◇第7章 先生2人、話は正反対
◇第8章 私たちには全部実害
◇第9章 我が子の鼻血 なぜ
◇第10章 自力で測ってみると
◇第11章 おおっぴらにいえぬ
◇第12章 福島の子たちが心配
◇第13章 自分で守るしかない
◇第14章 被曝から目そらすな


第1章 だれのものでもない

 放射能はだれのものか。この夏、それが裁判所で争われた。
 2011年8月、福島第一原発から約45キロ離れた二本松市の「サンフィールド二本松ゴルフ倶楽部」が東京電力に、汚染の除去を求めて仮処分を東京地裁に申し立てた。
 ――事故のあと、ゴルフコースからは毎時2〜3マイクロシーベルトの高い放射線量が検出されるようになり、営業に障害がでている。責任者の東電が除染をすべきである。
 対する東電は、こう主張した。
 ――原発から飛び散った放射性物質は東電の所有物ではない。したがって東電は除染に責任をもたない。
 答弁書で東電は放射性物質を「もともと無主物であったと考えるのが実態に即している」としている。
 無主物とは、ただよう霧や、海で泳ぐ魚のように、だれのものでもない、という意味だ。つまり、東電としては、飛び散った放射性物質を所有しているとは考えていない。したがって検出された放射性物質は責任者がいない、と主張する。
 さらに答弁書は続ける。
 「所有権を観念し得るとしても、既にその放射性物質はゴルフ場の土地に附合(ふごう)しているはずである。つまり、債務者(東電)が放射性物質を所有しているわけではない」
 飛び散ってしまった放射性物質は、もう他人の土地にくっついたのだから、自分たちのものではない。そんな主張だ。
 決定は11年10月31日に下された。裁判所は東電に除染を求めたゴルフ場の訴えを退けた。
 ゴルフ場の代表取締役、山根勉(61)は、東電の「無主物」という言葉に腹がおさまらない。
 「そんな理屈が世間で通りますか。無責任きわまりない。従業員は全員、耳を疑いました」
 11年7月に開催予定だった「福島オープンゴルフ」の予選会もなくなってしまった。通常は年間3万人のお客でにぎわっているはずだった。地元の従業員17人全員も11年9月いっぱいで退職してもらった。
 「東北地方でも3本の指に入るコースといわれているんです。本当に悔しい。除染さえしてもらえれば、いつでも営業できるのに」
 東電は「個別の事案には回答できない」(広報部)と取材に応じていない。


第2章 原爆の時よりひどい

 原発から飛び散った放射性物質は「無主物」である――。
 東京電力は仮処分の申し立てに対し、こう主張した。しかし、裁判所は「無主物であるかどうか」には立ち入らなかった。汚染の除去が焦点となった。
 東電の裁判書面によるとこうだ。
 「放射性物質を除去するとすれば、広大な敷地の土壌や芝をすべて掘り起こすという非常に大がかりな作業が必要となり、多額の費用を要することが想定される」
 「それはもはや放射性物質と土地の分離とは言えないのではないか」
 「このような作業を行うことができる立場にあるのは債権者(ゴルフ場)ではないかと思われる」
 要するに放射性物質は、それがくっついた土地の持ち主が除去せよ、という主張だ。
 これについて裁判所はいう。
 「除染の方法や廃棄物の処理の具体的なあり方が確立していない現状で除染を命じると、国等の施策、法の規定、趣旨等に抵触するおそれがある」
 「事故による損害、経済的な不利益は、国が立法を含めた施策を講じている」
 つまり、除染も賠償も、国がいろいろな手立てを考えているのだから、それを待て、ということだ。
 確かに、国による賠償の枠組みに基づき、東電はさまざまな補償への要求に対応を始めている。まずはこの枠組みに沿って、ゴルフ場も請求するように東電は求めている。


 しかし、ゴルフ場側は、国や東電が対応してくれないから裁判所に訴えるしかなかったのだ。時間ばかりがかかる役所の処理に任せていたら、民間企業は倒産してしまう。
 それにしても、である。
 さいたま市の医師、肥田舜太郎(94)はいった。
 「日本中除染するのは不可能だと国が判断したんじゃないでしょうか。原爆のときの日本政府以下の対応ですね」
 肥田は自身が広島原爆の被爆者で、当時は軍医だった。
 原爆が落とされた昭和20年8月6日、たまたま郊外の村にいて、直接の被爆はせずにすんだ。
 直後から、村に逃げてきた被爆者の手当てをした。
 人口2千人弱の村に、1万人を超す被爆者が流れ込んだ。みんな血だらけだった。うめき声や叫び声、すすり泣く声があちこちから聞こえた。


第3章 被曝者の先輩として

 今も健在な原爆被災者は多いが、そのうえ、医師として実際に被爆者の治療に当たった経験者は肥田舜太郎(ひだしゅんたろう)(94)ぐらいしかいない。
 福島第一原発から放射性物質が飛散したいま、肥田は、講演に引っ張りだこだ。週平均5回。1日2回のときもある。


 テーマは「原発事故でいま、日本に何が起こっているか」だ。
 「ご紹介いただきました、広島で被爆した医師の肥田です」
 自分で杖をついて階段を上がり、演壇に立つ。張りのある声。肌はつやつやしている。主催者が用意したいすには座らず、2時間立ったままで話し続ける。会場は満席だ。立ち見の聴衆さえいる。
 話が終わると、待っていたように質問が飛ぶ。原発ではいま、何が起きているのか。放射線はどんな影響があるのか。
 肥田は決まって答える。
 「いま飛散している放射性物質は広島の原爆のものと同じです。ですから、広島で起きたことがこれから起きる可能性があります」
 会場は静まり返る。
 「でも、被曝(ひばく)したから発病するとは限りません。広島の被爆者でも、60年たってまだ生きている人がたくさんいる。現に私も、広島原爆の被爆者の一人ですから。大切なことは、広島のときの過ちを繰り返さないことです」


 広島のときの過ち。それは、政府が内部被曝を重視しなかったために起きた悲劇だった・・・

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