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朝日新聞社

児童74人死亡・不明、なぜ大川小だけが? 裏山に逃げなかった理由

初出:朝日新聞2012年1月25日〜2月2日
WEB新書発売:2012年2月24日
朝日新聞

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 東日本大震災による津波で、児童70人が死亡、4人が行方不明となった石巻市の大川小学校の惨事について、同市教委は2012年1月22日、遺族らへの説明会を開催。防災対策における学校側の怠慢、市教委の監督不足が次々と明らかになった。「なぜ大川小だけが」「なぜ防げなかったのか」――。市教委の説明と遺族らの声を詳報する。

※2012年1月25日〜2月2日の朝日新聞宮城県版に掲載された記事を、当時の内容のまま再録しました

◇第1章 教務主任の手紙
◇第2章 津波襲来までの経緯
◇第3章 判断が遅れ裏山に逃げなかった理由
◇第4章 質疑応答2時間 なぜ逃げなかった?
◇第5章 質疑応答 うそを報告か?
◇第6章 質疑応答 大変不適切な行動
◇第7章 質疑応答 人災と認めるか?
◇第8章 遺された親たちの思い


第1章 教務主任の手紙

 石巻市教委は12年1月22日の説明会で初めて、当時大川小にいて助かった教務主任の男性教諭の手紙を保護者に配った。保護者と校長宛ての2通。11年6月4日の前回説明会の前日に学校へファクスで送られていたが、233日後に保護者の手にわたった。男性教諭は現在体調を崩して休職している。手紙の概要は次の通り。

◎保護者の皆様
教頭に「山へ逃げますか」と聞きました。でも、何も答えが返ってきませんでした

 本来、私が出向いて、直接お話ししなければならないのですが、お手紙でお話しさせていただくことを、どうかお許しください。
 子供たちが校庭に避難した後、私は校舎内に戻り、トイレを含めすべての場所を残留者がいないか確認しました。
 確認後、教頭に報告に行った時、教頭と3年担任を中心に何人かが集まって(だれがいたかは記憶がありません)話をしていました。私が「どうしますか。山へ逃げますか」と聞くと、この揺れの中ではだめだというような答えが返ってきました(どなたが言ったか覚えていません)。(その理由は余震が続いていて揺れが激しくて木が倒れてくるというようなことだったと思います)
 やりとりをしている時、近所の方々が避難所になっている体育館へ入ろうとされていたので、私は体育館に行って、危険だから入らないように話すなどの対応にあたりました。そのとき教頭や他の教員は迎えに来た保護者の対応にあたっていました。
 そのうち地域の方々が来て、釜谷の交流会館に避難しようという話があり、危険だからだめだといったやりとりを教頭がしているのが聞こえてきました。
 私は2次避難に備え、裸足で逃げて来た子や薄着で震えている子がたくさんいたので、何回か教室にあったジャンパーや靴を校庭に運び、トイレを我慢できなくなった子を安全な場所に連れて行ったりしていました。
 そのようなことに走り回っているうち、サイレンが鳴って、津波が来るという声がどこから聞こえてきました。私は校庭に戻って、教頭に「津波がきますよ。どうしますか。危なくても山へ逃げますか」と聞きました。でも、何も答えが返ってきませんでした。それで、せめて、一番高い校舎2階に安全に入れるか見てくるということで、私が1人で2階を見てきました。戻ってくると、すでに子供たちは移動を始めていました。近くにいた方(どなたかは覚えていません)に「どこへ行くんですか」と聞くと「間垣の堤防の上が安全だからそこへ行くことになった」ということでした。どのような経緯でそこへいくことになったかは分かりません。
 これが今私が思い出せることのすべてです。
 何を言っても、子供の命を守るという教師として最低のことができなかった罪が許されるはずはありませんが、本当に本当に申し訳ございませんでした。今はただただ亡くなられた子供達や先生方のご冥福をお祈りする毎日です。本当に申し訳ございません。

◎校長先生へ
強い揺れが続いており、道もない山に登らせるのをためらわれたと思います

 それまでの行事などでもそうだったように、教頭先生は動かずに指示を出して、私が周囲のことをいろいろとやるために動き回るという状況でした。
 あくまで想像ですが、あの極限状態の中で、本当に教頭先生も迷われたのだと思います。ずっと強い揺れが続いており、木が倒れている(錯覚だったのかもしれませんが、皆そのように見えていたと思います。私も子供と山の中にいた時、何度も揺れるたびに周囲の木が折れて倒れる音を聞いています。そのたびに場所を変えたのですから)状況の中、道もない山に登らせるのをためらわれたのだと思います。せめて1本でも道があれば、教頭先生も迷わず指示を出されたと思います。それだけに、最後に山に行きましょうと強く言っていればと思うと、悔やまれて胸が張り裂けそうです・・・

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この記事の続きは、WEB新書でお読みいただけます。

児童74人死亡・不明、なぜ大川小だけが? 裏山に逃げなかった理由
216円(税込)

東日本大震災による津波で、児童70人が死亡、4人が行方不明となった石巻市の大川小学校の惨事。学校が子どもたちを守れなかった背景には、何があったのか。2012年1月から7回に渡って朝日新聞宮城県版に掲載した特集「人災 大川小説明会」から、市教委の説明と遺族らの声を詳報する。[掲載]朝日新聞(2012年1月25日〜2月2日、13600字)

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