「もうけたい」という欲望を社会にとって建設的エネルギーに替える。市場の重要な役割だ。しかし、AIJ投資顧問事件でも、オリンパス事件でも、巨額のカネは社会の役に立たないまま消えた。市場はグローバル化しても肝心な機能を果たせるか。2012年2月26日から5回に渡って朝日新聞1面で特集されたシリーズ「カオスの深淵」の第3弾。
第1章 もっと速く、市場の欲望
第2章 国を見限り「選ぶ自由を」
第3章 投資の恐怖心、格付けに依存
第4章 破綻の保険金、膨張する不安
第5章 仮想と現実、薄れる境界線
たった1千分の5秒短縮するために、約360億円を投じたプロジェクトがある。そんな話を聞いて、12年1月26日早朝、千葉県の房総半島に行った。
沖合に大型船が停泊し、シンガポールと日本を最短ルートで結ぶ光通信ケーブルを海に繰り出す作業を始めていた。6千キロをほぼ直線で結ぶ。6月にサービスが始まると、情報は両国間を1千分の60秒で行き来する。
0・1秒程度というまばたきよりずっと小さい時間短縮への巨額の投資に、どんな意味があるのか。事業主のNTTコミュニケーションズの担当者に聞くと、「使うのは主に外資系の金融機関。いまは1千分の1秒の情報遅れで、数百万ドル損することもある。一瞬でも速める意味は大きい」。
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世界の金融・証券市場では「より速く、より細かい」取引が急増している。難しい数学を使ったプログラムに従って、コンピューターが1千分の1秒単位で自動的に発注を繰り返す。値動きの変化を瞬時に見極め、小さなサヤを確実に抜く。取引1回あたりのもうけは少ないが、細かく大量に売買し、大きな利益にしていく。高頻度取引(High Frequency Trading=HFT)と呼ばれる。
「この世界は速いもの勝ち」。投資会社インフィニウム・キャピタル・マネジメントの最高執行責任者グレゴリー・アイクブッシュさん(44)はそう言い切った。高頻度取引発祥の地といわれる米国・シカゴのオフィスには無数のモニター画面が並んでいた。ただ、取引するのはコンピューター。社員は主にトラブルが起きていないか監視する。騒々しさとは無縁だ。
しかも発注するコンピューターの大部分は、オフィスにはない。そこから離れて、取引所がシステムを置く建物の中にある。取引所はシステムにアクセスしてきた順に注文を処理する。競争相手を出し抜かなければならない。オフィスから発注したのでは、取引所までの距離の分だけ情報通信網を通ることになる。その時間が惜しい。わずかな遅れで損をする場合があるのだ。
インフィニウムは今、世界の取引所など約30カ所に自分のコンピューターを置いている。「コロケーション(Co-Location)」と呼ばれるこのやり方を使って、日本でも年内に先物取引を始める考えだ。
アイクブッシュさんはかつて、リーマン・ブラザーズの債券部門トップを務めたが、その破綻(はたん)後、将来性に不安を感じてウォール街に見切りをつけた。そしてこの会社に移った。従業員230人。オプション取引や商品先物などを1日約30万件売買する。運用資産に対する利回りは30%という。驚くほどの高水準だ。「お金がもうかるプログラムがすべて。人間の判断は極力、織り込まない」
グローバル市場での取引は、人間の思考や感覚を置き去りにしながら加速している。
「もうけたい」という欲望を社会にとって建設的エネルギーに替える。市場の重要な役割だ。しかし、AIJ投資顧問事件でも、オリンパス事件でも、巨額のカネは社会の役に立たないまま消えた。市場はグローバル化しても肝心な機能を果たせるか。
◎高頻度取引―コンピューターが次から次へ売り買い
高頻度取引(HFT)で決定的な役割を果たすのが、売買を発注するプログラムだ。どんな仕組みなのか。米ヒューストンの投資会社クオントラブ・フィナンシャルを訪ねた。
キャメロン・スミス社長(46)は言う。
「過去のデータと分析に基づいて、ある時点での適正な価格水準を予測する。『合理的な価格』と言い換えてもいい。これから離れた値動きをする銘柄があれば、素早く売り買いして、価格を適正な水準に戻す。その過程で、小さなサヤを何度も抜く」
これをコンピューターが自動的に実行する。1回のサヤはほんのわずかでも、1千分の1秒単位で繰り返せば、大きな利益になる。ひと山当ててやろうという取引ではない。
従業員は約100人。うち約70人がプログラマーやネットワーク専門家などの技術部門だ。数学で博士号を持つスタッフらがプログラムを組む。優秀なプログラマーの引き抜きも盛んだ。
簡単なプログラムでいいから、見せてくれませんか? スミス社長は「私だって見たことはないんだ」と断った後、こう言った。「速いことが良いことだ。私たちにはスピードがある。不公平だとよく言われるが、理解できない」
スピード重視はこれだけではない。本社オフィスではプログラムを開発するだけ。実際に注文を出すサーバーは、ニューヨーク、シカゴ、ロンドン、東京に分散し、いずれも各取引所のシステムに近接するデータセンターに置く。いわゆる「コロケーション」だ。本社から注文を出していては、取引所に届くまでのわずかな遅れが損につながりかねない・・・
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「もうけたい」という欲望を社会にとって建設的エネルギーに替える。市場の重要な役割だ。しかし、AIJ投資顧問事件でも、オリンパス事件でも、巨額のカネは社会の役に立たないまま消えた。市場はグローバル化しても肝心な機能を果たせるか。2012年2月26日から5回に渡って朝日新聞1面で特集されたシリーズ「カオスの深淵」の第3弾。[掲載]朝日新聞(2012年2月26日〜3月1日、14100字)
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