国内の観測史上最大となったマグニチュード(M)9の東日本大震災はまだ終わっていない。「想定外」の被害を教訓に、これまで考えられていなかったような巨大地震に対する見直しも加速している。超巨大地震の可能性を予測できなかった地震学、後始末に長い年月がかかる原発事故、影響が予測しきれない放射能汚染。問題点や将来に向けた課題を専門家に聞いた。
◇地震の様相、激変
◇「想定外」と言わせない
◇30年後の福島は 研究者たちの予測
◇地震学、反省から再出発
国内の観測史上最大となったマグニチュード(M)9の東日本大震災はまだ終わっていない。東日本を中心に、列島の地震活動は依然活発で、地上や海底での地殻変動も続く。「想定外」の被害を教訓に、これまで考えられていなかったような巨大地震に対する見直しも加速している。
◎600年分のエネルギー、一気に解放/この1年の変化
今後も引き続き大きな余震が発生する恐れがある――。政府の地震調査委員会は12年2月の会見でも、東日本大震災後の地震活動が活発なことを強調した。
防災科学技術研究所によると、11年3月から12年2月までに全国で起きたM4以上の地震は、2010年3月〜11年2月の約5.8倍。気象庁のまとめでは、M6以上の余震は97回(12年3月4日現在)、震災前はM6以上の地震は全国でも年平均19回だった。M8以上の余震も「発生の可能性は低くなってきたが、安心できるレベルではない」という。04年のスマトラ沖地震(M9.1)では、近くの海域で、3年後にM8.5、5年半後にM7.5の地震が起きた。
「われわれの知らない日本列島になった」
震災後、多くの地震研究者がそう話した。日本の地下にかかる力は3・11で大きく変わった。
あの日、岩手―茨城県沖で長さ500キロ、幅200キロにわたり、プレート(岩板)境界が大きくずれ動いた。日本海溝付近で約50メートルもずれた。600年以上ためたエネルギーが一気に解放された。
「余効変動」と呼ばれる、ゆっくりとした地殻変動は今も続く。地殻変動で、日本列島の面積は1平方キロ近く広がった。地震時に5.3メートル東に動いた宮城県牡鹿半島は地震発生後、さらに約70センチずれ、今も月約2センチ動いている。1.2メートル沈んだ地盤は約15センチ上昇したが、回復速度は遅くなり、元に戻るめどはついていない。
地下にかかる力のバランスが変わり、地震の起こり方も変わった。東北では地殻を押す力で起きる「逆断層型」の地震が多かったが、引っ張る力でずれる「正断層型」の地震も多発している。これまで珍しかったタイプだ。
影響は、震源域周辺にとどまらない。
地震調査委は、大震災の影響で、地震の発生確率が高まる可能性がある活断層を発表した。双葉断層(宮城県、福島県)、立川断層帯(埼玉県、東京都)、糸魚川―静岡構造線活断層帯の牛伏寺(ごふくじ)断層(長野県)、三浦半島断層群(神奈川県)、阿寺(あてら)断層帯(岐阜県、長野県)。だが、発生時期の予測はできない。
世界最高密度の観測網が、今も続く地震や地殻変動を監視する。
◎M9級の地震「想定の範囲」内へ/これからの予測
想定外をなくさなければ――。震災前、政府の予測では東北地方沖で起きる地震は最大でM8級だった。3・11の教訓を踏まえ、地震予測の見直しが進む。
東日本大震災を受けてできた中央防災会議の専門調査会で、座長の河田恵昭関西大教授は「今後はあらゆる可能性を考える」と強調した。21世紀の半ばごろまでに発生の恐れがある東海、東南海、南海地震も見直しの対象になった。内閣府の検討会は11年末、南海トラフの巨大地震の新たな想定を公表した。発生の可能性のある最大クラスの地震として、予想震源域を従来の約2倍に広げ、規模は暫定的にM9とした。これをもとに揺れや津波の高さを予測中だ。
政府の地震調査委員会は、東北沖の地震について、「東日本大震災型」は600年に1回程度、発生すると暫定的に予測。三陸沖北部から房総沖の海溝寄りでは、M9級の地震が今後30年以内に30%の確率で起きると予測し直した。
日本ではないと考えられてきたM9級の地震が「想定の範囲」に入ってきた。
自治体も独自の想定を始めた。いずれも暫定的だが、神奈川県は鎌倉市を14メートルの津波が襲う恐れがあると予測、大阪府や兵庫県などは津波の高さを2倍にして対策を見直し始めた。東北電力は、北海道東部から岩手県北部の沖合でM9の地震が起こりうるとの想定で、原発対策を見直す。
注意が必要なのは地震だけではない。巨大地震の後には火山が活動した例もある。東海、東南海、南海地震が連動した1707年の宝永地震(M8.4)の49日後に富士山が大噴火。スマトラ沖地震では1年4カ月後にジャワ島のメラピ山が噴火した。東日本大震災後には、国内の13火山周辺で地震活動が活発化した。今後の火山活動からも目を離せない。
地震計の記録は100年程度に過ぎない。それ以前の地震や津波を知るには、古文書や津波の痕跡調査が重要だ。南海トラフ沿いの地震で、従来の想定よりも大きな津波の可能性があるのかなど、研究成果の見直しが続く。
「全国どこでも地震が起こりうると思って備えることが大切」。地震調査委委員長の阿部勝征東京大名誉教授は会見のたびに強調している。
東日本大震災以来、「想定外」をなくそうと、将来の地震や津波の予測、被害の推定が盛んになっている。コンピューターの進歩で精密なシミュレーションが可能になったが、その通りの被害になるとは限らない。災害への備えに予測をどう利用すればよいのか。
倒れた建物でふさがる道、火事から避難する人々……。
「首都圏で大地震が起きたときの帰宅困難問題は、東日本大震災と同じと思ってはいけない」。東京工業大の大佛俊泰(おさらぎとしひろ)教授は話す。
大佛さんは、避難時の人の動きを予測するため、地震で倒壊する建物、使えなくなる道、延焼する地域が時間とともにどう変わるのかをコンピューターで推定した。身を守るのが難しく、「帰宅しようとせず、安全な場所にとどまる」という行動が大切なことがわかる。
地震発生の時間により避難者の数や年齢層は変化する。住民、自宅以外の施設にいる人、帰宅者らが一緒に避難すれば、広域避難所の混雑も予測された。「電車通学する小学生を誰が守るのかなど、いろいろなことが想像される」。シミュレーションによって必要な対策が浮かびあがる。
シミュレーション技術は、この10年ほどで急速に進歩した。1990年代後半、阪神大震災の「震災の帯」と呼ばれた区域の強い揺れを再現するだけでも大変だったが、コンピューターの進歩や地下構造の解明、地震観測網の整備で、高度な計算が可能になってきた。
◎防災対策に生かす
1秒に1京(京は1兆の1万倍)回の計算ができる世界最速の次世代スーパーコンピューター「京(けい)」の登場で、数分で終わる地震と何時間も続く津波の同時予測という従来は難しかった計算も可能になり、揺れから津波の襲来までを一続きの動きとして示せるようになった。
「断層が大きくずれて地震波が伝わり、地殻変動で沿岸部が沈降。そこに津波が来る」
東日本大震災を再現する映像を見せながら、東京大学地震研究所の古村(ふるむら)孝志教授が解説する。西南日本を襲う南海トラフでの巨大地震の揺れや津波の予測も始めた。
東南海地震と南海地震は、同時、32時間や2年の時間差で発生した例がある。地震後の救援活動中に次の巨大地震に襲われれば被害は拡大する。数十分差で起きれば、二つの大津波が重なって、もっと大きな津波になる恐れもある。こうした「最悪」の予測は、防災対策を立てるうえで「想定外」を減らすことにつながる。
地震研の堀宗朗教授らも京で、揺れが襲った建物の被害、津波の浸水、避難する人の行動を合わせた予測を始めた。津波の浸水域は沿岸の建物が壊れると、より内陸まで押し寄せる。
地震の被害想定は、これまで過去の大地震の建物の被害例から統計的に計算してきた。将来は、1棟ずつの地震時の損傷を計算して、予測精度を高めたいという。
ただ、「精度を高めたら、簡易化して自治体のパソコンで使えるタイプも作らないと、防災に役立てられない」と関西大の高橋智幸教授は指摘する。現実的な応用となると、データの更新や維持管理の費用など別の課題も出てくる。防災に生かすためには、応用を視野に入れた技術開発が必要だ。
◎誤差を頭に入れて
東日本大震災後、「最大級」の地震に関心が集まっている。南海トラフ沿いの地震でもマグニチュード9級の巨大地震の想定が進む。そのときの揺れや津波が押し寄せる様子が、高精度なアニメーションでわかりやすく表示されれば、防災教育にも役立つ。
一方で、こうした予測は、危険性もはらんでいる。「見た目がいいと、この通りに起きると思いがち。予測は不確実な部分があることも伝えなければいけない」と東京大生産技術研究所の加藤孝明准教授は強調する。予測は、さまざまな仮定に基づいている。作って伝える側も、それを使う側も、誤差があることを頭におくことが大切だ。
加藤さんは「大震災以降、想定外をなくすために、どんどん想定が大きくなりインフレ傾向にある」とも指摘する。想定が大きくなりすぎて対策をあきらめるのは困る。「敵」の姿を見極め、防災に役立てて、初めて予測は意味があるものになる。
東京電力福島第一原発の事故による放射能汚染で、事故から30年後の2041年3月の予測結果を大阪大核物理研究センターがまとめた。大気中の放射線量は事故当初より85%減るという算出をもとにしているが、原発周辺や原発から約30キロに延びる北西部にかけて高い線量が残るという。約100地点で毎時1マイクロシーベルト(年間換算8.76ミリシーベルト)を超える結果となった。
◎予測(1)土壌のセシウム、85%減少
11年6月、全国の大学や専門機関が調査した福島県を中心に宮城、茨城、栃木県内の約2200地点(第一原発から半径100キロ圏内)の土壌調査の結果をもとに同センターが算出した。土壌を分析したところ、セシウムでは、半分の量になる期間(半減期)が2年と短いセシウム134と、30年のセシウム137が1対1の比率で存在することが判明。その結果、セシウムは10年後までは半減期の短い134の影響で大幅に下がり、5年後は6割、10年で7割、30年で85%減少することになる。
数値は計算上のもので、風や雨による拡散、除染の効果などは考慮していない。数値は変わる可能性がある。
30年後、放射線量が最も高いのは福島県大熊町長者原(原発から西約2キロ)の毎時10・32マイクロシーベルト(年間換算で90・4ミリシーベルト)。この地点が1マイクロシーベルトにまで下がる年数は126年にもなる。5〜10マイクロシーベルトの地点も同県の大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村の4町村で計12地点あった。
1〜5マイクロシーベルト(年間換算8・76〜43・80ミリシーベルト)は同県内の80地点だった。4町村に南相馬市、富岡町の一部を含めた原発周辺と北西部の6市町村。その他の市町村で1マイクロシーベルトを超える地点はなかった。同センターの谷畑勇夫教授は「事故から1年間の傾向を見ても、土壌のセシウムはほとんどとどまっており、今後も多くが同じ場所に残り続けるだろう」と推測する。
予測結果は同センターのウェブサイト(http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/dojo/)で公表している。
■50ミリシーベルト地域「山谷を削り除染を」
今、年間の空間放射線量が20ミリシーベルトを超える地域は約500平方キロに及ぶ。自然に線量が減るのを待っていては30年後も年数ミリシーベルトまでしか下がらないこれらの土地を事故前のレベルに戻すには、除染が不可欠だ。
だが、政府が示した工程表では20〜50ミリシーベルトの地域は2012年から土のはぎ取りなどに取りかかる一方、50ミリシーベルトを超える地域の除染は未定とした・・・
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国内の観測史上最大となったマグニチュード(M)9の東日本大震災はまだ終わっていない。「想定外」の被害を教訓に、これまで考えられていなかったような巨大地震に対する見直しも加速している。超巨大地震の可能性を予測できなかった地震学、後始末に長い年月がかかる原発事故、影響が予測しきれない放射能汚染。問題点や将来に向けた課題を専門家に聞いた。※2012年3月30日に発行したものを2012年10月19日に無料公開しました。[掲載]朝日新聞(2012年3月8日〜3月26日、12500字)
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