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朝日新聞社

プロメテウスの罠〔7〕 原始村に住む「津波はタブーなんだ」

初出:2012年2月7日〜22日
WEB新書発売:2012年4月20日
朝日新聞

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 原子炉の中で自然界には存在しない核物質が生まれ、処理し得ないその物質がどんどん増え続ける。それに僕自身が加担している、そのことに気づくんです――。プロメテウスの罠、第7シリーズ「原始村に住む」は、福島第一原発の元技術者を軸に原子力の周辺を見ていく。2012年2月に朝日新聞に掲載した連載全15回を収録。

第1章 考えます、いろいろ
第2章 東電の人がいるよ
第3章 ぶっちゃけよう
第4章 毒がどんどんできる
第5章 津波はタブーなんだ
第6章 検査官を丸め込む
第7章 違反ではありません
第8章 それが解釈ですので
第9章 そこは見て見ぬふり
第10章 6割が捨てられる
第11章 目標 自然に還る
第12章 火さえあれば何とか
第13章 根源から覆された
第14章 不便でも自由だった
第15章 何が正しいかなんて


第1章 考えます、いろいろ

 雪が降っていた。
 山に囲まれた4ヘクタールの土地に木造の建物が点在している。葉の落ちた木々が周りを囲む。木にぶら下がったまま柿が腐っていた。
 2012年1月初旬、福島県川内村の山中。福島第一原発から25キロ。
 「話をする人もあんまりいないんだけど、悔しいっつうかねえ。でもあんまり悔しさとかいいたくないじゃん。それも悔しくて」
 風見(かざみ)正博。61歳。東京都出身。この地に入って35年になる。
 もとの地名がバクだったので、獏原人(ばくげんじん)村と名づけた。自給自足の共同体を目指した。自分で家を建て、畑をつくり、山奥から水を引き、木を割って燃料にした。
 放し飼いで鶏を飼い、自然卵を売って必要最小限の現金を得た。お金がないという点では貧しかったが、満足感があった。11年の3月11日、原発事故が起こるまでは。


 以前、ここには幼子を育てる若い一家と風見夫婦がいた。事故後、若い一家は県外に逃げ、風見の妻は隣のいわき市で暮らすようになった。
 「前はね、向こうにあるもう1軒の煙突から煙がのぼるとうれしくてね。ああ、いるんだなって」
 今、この地に住むのは風見1人。朝8時と午後の3時に400羽の鶏から卵を採り、顧客の元へ運ぶ。50軒あった契約先は半分に減った。
 「全部やめられちゃってもおかしくないところだったけど、半分は残ってくれて」
 11年5月に測ったとき、卵に含まれる放射性セシウムは1キロ当たり8ベクレルだった。国の暫定基準値500ベクレルに比べると、ずっと低い。
 「卵ってあまり出ないんだよ、放射能。今はもっと少なくなっていると思う」
 とはいえゼロがいいに決まっている。
 「考えます、やっぱりね。いろいろね。いろいろ考える。わずかとはいえ放射能が出るものを売り続けていいのか、とかね」
 放し飼いをやめ、鶏は小屋に入れたまま。えさの中心は米国産トウモロコシとスーパーの野菜だ。広い土地がありながら放し飼いできない現実。目の前の畑で取れる野沢菜を与えられない矛盾。
 「自分の理想追求がめちゃくちゃになっちゃったわけね」
 飄々(ひょうひょう)とした人柄。淡々とした語り口。ふっと遠くに目をやった。
 「なぜここに残ってんだっていわれてもねえ。いろんな事情があって。ここの土地が好きだってのがまずあるし。しがらみがない人はさっさと遠くへ行くだろうけど……」
 10年前、そんな風見に触れて人生を変えた元原子力技術者がいる。
 その男は今、はるか南の地で自給自足を目指している・・・

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