地震や原発危機の直接的な被害から逃れられたとしても、被災者が立ち向かわなければならない課題は、いまだに山積みだ。福島県浪江町の計画的避難地域内に立つ真言宗長安寺では、33人分の遺骨が、埋葬できないまま保管されている。放射線量が高く、遺族が帰れないためだ。この33人とその家族らの足跡をたどることで、「終わらない被害」の現状を報告する。
◇第1章 死んでも帰れない
◇第2章 爆発した!戻るな!
◇第3章 とにかく寒かった
◇第4章 墓で眠らせたいけど
◇第5章 母はみるみる弱った
◇第6章 26歳、東海村での死
◇第7章 「あっせんしただけ」
◇第8章 認められぬ火葬代
◇第9章 根こそぎ奪われた
◇第10章 交錯する望郷の念
◇第11章 旧満州の修羅場、再び
◇第12章 不安駆るバリケード
◇第13章 政府の要請蹴った
◇第14章 遅い、安い、不誠実
◇第15章 命の値段だなんて
◇第16章 へこんでいく人々
◇第17章 引退なんて出来ない
◇第18章 75歳、「庭元」の死
◇第19章 沖縄に逃げたけれど
◇第20章 夫に泣いて訴えた
◇第21章 毎日届いた無料弁当
◇第22章 元気ならそれでいい
◇第23章 そんな線引きなんて
◇第24章 たったの8万円
◇第25章 落ち着きたいのです
福島県浪江町南津島に、江戸時代から続く寺がある。真言宗長安寺。その本堂に骨壺(こつつぼ)の入った箱が山と積まれていた。
数えると33人分あった。原発事故の避難後に亡くなった人たちだ。
福島第一原発から北西に約28キロ。政府の計画的避難区域に寺はある。山あいの津島地区は津波の被害はなく、原発事故がすべてだった。
本来ならとっくに納骨されているはずだ。しかし放射線量が毎時5マイクロシーベルト前後と高く、遺族が帰れるかどうか分からないため、埋葬できない。そのため、住職の横山周豊(しゅうほう)(71)が本堂で預かっている。
横山自身、寺には住めない。福島市に避難中の身だ。
2012年2月末、横山は檀家(だんか)の人たちと寺を掃除に訪れた。20センチを超える雪が寺に向かう道を覆っていた。
「ずいぶんと骨(こつ)たまっているんだな」
本堂に入るなり、檀家の女性が遺骨の山に驚いた。
「1年でこれですから。ここに入りきらなくなったら、どうしたらいいでしょうな」。横山は悩む。
遺骨が入った箱には、横山が名札をつけた。荷札に筆書きだが、取り違えたら大変だと思ったからだ。
境内の墓石は地震後、8割が倒れた。石碑は重く、重機を使わないと持ち上がらない。いまも倒れたままの石碑がある。
横山は、遺骨のそばに日本酒の一升瓶や、桃やみかんの缶詰を置いた。「何もお供えがないとかわいそうですからね」
なまものは置かないよう、遺族に頼んでいる。
本尊の不動明王は地震でバラバラに壊れた。仮修理して横山の避難先に置いてある。横山は遺骨の山に向かってお経を唱えた。
供養が終わり、本堂を掃除していると、横山の携帯電話が鳴った。檀家の人からだった。
「また夕べ、亡くなりました。その人もお墓は津島ですから、遺骨はここにくることになるでしょう」
しかし、問題は納骨だった。
お墓に埋めることができないからだ。しかも、遺骨はどんどん増えていく。
「死んでも帰れない。生きていても帰れない。魂がさまよったままなのです」
福島第一原発4号機が爆発したのは11年3月15日。福島県浪江町津島の長安寺住職、横山周豊(71)はその朝早く二本松市へ向かっていた。避難先で亡くなった檀家(だんか)の男性の火葬に立ち会うためだった。
男性は本田正(84)。浪江町赤宇木(あこうぎ)の住民で、事故当時は双葉厚生病院に入院していた。
火葬に参列した親族らはたった8人だった。事故直後だったため連絡がとれず、とれてもガソリンがなく集まることができなかったのだ。
本田には5人の子がいたが、参列できたのは1人だけだった。
お経の最中、何度も携帯の着信音がした。お経が終わって横山がかけ直すと、妻の米子(よねこ)(71)が叫んでいた。
「原発が爆発した! 津島に戻ってくるな!」
11年3月12日の水素爆発のあと、浪江町津島地区には大勢の避難民が逃げてきていた。長安寺にも130人が身を寄せている。しかし、3月15日の爆発事故をテレビで知り、避難民は今度は二本松市に向かった。
昼過ぎ、妻が火葬場に車で迎えに来た。袈裟(けさ)姿のまま、妻の運転で埼玉県の次女(42)の家へ向かった。渋滞がひどく、着いたのは明け方4時だった。
3週間後の11年4月6日、「檀家と離れ離れになってはいけない」と福島に戻った。しかし寺には住めなかった。
本田が亡くなって一周忌が過ぎたが、葬儀はまだしていない。遺骨を長安寺に置いたままだ。
川崎市に住む本田の長女、信子(58)は地震翌々日の11年3月13日、避難所という避難所に電話をかけ、ようやく二本松市で探し当てた。しかし電話口に出た看護師は「亡くなっています」と告げた・・・