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朝日新聞社

プロメテウスの罠〔11〕 遅れた警報「助かる人 死なせた」

初出:2012年5月11日〜5月25日
WEB新書発売:2012年7月13日
朝日新聞

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 2011年3月11日、大地震の直後。気象庁はなぜ、津波の予測値を低いまま伝えたのか。その判断ミス、後手後手にまわった警報は、福島第1原発や被災地の住民の対応・判断にどんな影響を及ぼしたのか。そして原発事故による放射性物質の拡散――。一事が万事、取り返しのつかない多くの犠牲者を生んだ経緯を追い、気象庁の津波警報責任者、東電の従業員、浪江町の消防署員、住民ら当事者の証言をもとに、助けられたはずの死者への無念を増大させた2つの「人災」の理不尽を検証する。

◇第1章 水圧計は無視された
◇第2章 3メートルなら大丈夫だ
◇第3章 助けた子も流された
◇第4章 M7・9への思い込み
◇第5章 とりあえず、2倍に
◇第6章 伝わらない「逃げろ」
◇第7章 車飛び降り、走る
◇第8章 誰かいっかーっ!
◇第9章 モニターに異変
◇第10章 マニュアルに従った
◇第11章 「まだ生きてる人が」
◇第12章 捜索できぬまま避難
◇第13章 「すまん」泣いた
◇第14章 10日間は生きていた
◇第15章 助かる人を死なせた


第1章 水圧計は無視された

 11年3月11日、東京都千代田区の気象庁。
 午後2時46分に地震波をキャッチした直後から、2階の現業室では当番の職員が津波警報を出す作業に取りかかった。
 モニター画面に、地震の規模(マグニチュード)と震源から自動計算した津波の高さ予測が並ぶ。
 「発表して」。当番の班長が声を出し、予想が発表された。
 気象庁が高さ予想の警報を出したのは2時50分だった。
 「岩手3メートル、宮城6メートル、福島3メートル……」
 防災無線やテレビ、ラジオはこの数字を直ちに報じ、多くの人がそれを見聞きした。
 8分後の2時58分。モニターが異常なグラフを描いた。岩手県釜石沖76キロ地点の水圧計が、大きな津波を計測し始めていた。
 沖合での津波の高さは、海底に設置した水圧計や、水面のブイで上下変動を測る波浪計で計測する。この水圧計は三陸で最も沖合の水深1600メートルに設置されていた。
 津波の高さを示すグラフの線がみるみる上がり、2分後の午後3時には5メートルに達した。
 津波は沿岸に近づくほど大きくなる。気象庁が使っている計算式ではこの水圧計の地点の津波は沿岸で6倍以上になる。5×6、30メートルもの津波が沿岸を襲う計算になる。
 「水圧計が変化しています」
 モニター画面を見ていた職員が、室内にいる班長に伝えた。
 さらに4分後、29キロ陸側にある釜石沖47キロの水圧計も5メートルの津波を観測した。沖合の水圧計が観測した津波が、沿岸に迫っていた。
 だが、班長がモニター画面を見に来ることはなく、その情報が警報に生かされることもなかった。
 気象庁は津波の高さを主にマグニチュードから予測する。予測に沖合の観測値を使うことは少なく、水圧計の使用はマニュアルになかった。そのため班長は水圧計に目を向けなかったのだ。当時の地震津波監視課長、横山博文(よこやまひろふみ)(54)は「変動要素が大きいという認識があり、水圧計の使用は考えていなかった」という。
 結局、気象庁が3県とも「10メートル以上」と高さ予想を修正したのは3時31分。大津波が襲った後だった。
 「あのときに水圧計を重視していたら……」。防災関係の研究者らでつくる環境防災総合政策研究機構の理事、岡田弘(おかだひろむ)(68)がいう。
 「死者不明者約1万9千人のうち、1万人が助かったと思います」


第2章 3メートルなら大丈夫だ

 地震直後、東京電力は機器の点検や再起動のため、社員を福島第一原発1〜3号機の建屋に向かわせた。気象庁の津波予想は高さ3メートルで、各建屋は標高10メートルの場所にある。建屋まで津波は来ない、と判断した・・・

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