政治・国際
朝日新聞社

動く極東 外貨を獲得せよ! 北朝鮮「人力輸出」ビジネス

初出:朝日新聞2012年6月24日〜25日
WEB新書発売:2013年4月5日
朝日新聞

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 経済崩壊の苦境脱出のため、北朝鮮がなりふり構わない外貨獲得に乗り出している。ロシア、中東、モンゴル、アフリカ諸国、中国へは、森林伐採、工場作業などのための労働力を輸出。給料の大半を天引きすることで、国家財政を支えようとする。一方、自らを「愛国的な中国企業家」と称する北朝鮮国内の中国系商人「朝鮮華僑」たち約5万人は、北朝鮮と中国の橋渡しを任じ、北朝鮮への投資を進めようとしている。中国側は日本海へのアクセス確保という実利を見据えながら対応する。活発化する北朝鮮の官製ビジネスの今を活写する。

◇北朝鮮、出稼ぎ哀史
◇北朝鮮、国外労働者は外貨の命綱
◇特区誘致も中国頼み
◇外資引き込み躍起


北朝鮮、出稼ぎ哀史

 2012年5月下旬のロシア。シベリア鉄道沿線にある小さなホテルに小柄な男が入ってきた。おびえた様子。しきりに辺りをうかがった。北朝鮮の元伐採工(49)。「賃金収奪」「人権侵害」で悪名高い、北朝鮮国外労働の経験者で、逃亡者だ。
 軍人だった彼がロシア行きを志願したのは1995年9月。「苦難の行軍」と呼ばれた食糧危機で配給は途絶え、地方都市では餓死者が出ていた。「食べるためだった」と振り返る。
 北朝鮮は国外逃亡を防ぐため、家族に韓国出身者がいる者など、思想面で問題がありそうな人は国外に出さない。彼も軍の上司から「反逆の道をたどるな」とクギを刺された。
 ロシア最大の北朝鮮伐採現場があったアムール州ティグダ。約700人が働く第13事業所が彼の仕事場だった。朝8時から夜10時ごろまでカラマツなどを伐採して駅に運んだ。伐採、選別、運搬、貨車積み込みの四つの作業にそれぞれ2人ずつ、計8人が一つの小隊を作った。事業所全体で毎年3〜4人が事故で死ぬ「強制収容所」だった。毎月の伐採量のノルマは3千立方メートル。機材も足りず、ほとんど達成できなかった。

◎シベリア伐採、国が搾取
 他の元伐採工らの証言によれば、当時の月収は、伐採の最盛期で2千〜3千ドル(約16万〜24万円)、平均500ドル程度だった。このうち7割以上は国がピンハネする。だから、彼が記憶する手取りの最高額は160ドル。さらに事業所から「故郷の家族に半額を送金しておいた」と言われ、取り分は80ドルになっていた。しかも紙の証文だけで現金はもらえなかった。本当の稼ぎがいくらなのか、最後まで教えてもらえなかった。
 67年に旧ソ連と北朝鮮が結んだ契約は、両国が伐採した木材を約65%と約35%で分配するとした。北朝鮮はティグダに近いハバロフスクに林業省の支部を置き、極東での伐採事業に力を入れた。


 北朝鮮の国外労働者は派遣期間が一律3年と決まっている。だが、何とか現金を稼ぎたくて、事業所の朝鮮労働党と国家安全保衛部の責任者、行政支配人らに少しずつ賄賂を渡して見逃してもらい、ロシアに居残った。幹部の信頼を得た2000年ごろから、伐採現場を離れ、しばしば「請負(チョンブ)」と呼ばれるアルバイトに精を出した。
 1週間ぐらい道路建設などの現場で働けば、2千ルーブル(約4800円)になった。ウラジオストクなどの市街地で働く北朝鮮労働者の多くが、こうしたアルバイトでわずかな現金を稼いでいるという。帰国後の豊かな生活を夢見て、こつこつお金をためている。北朝鮮関係筋は「つらい仕事だが、国内にいるよりまし。最近は希望者も多い」と語る。
 北朝鮮当局は思想の引き締めに躍起だった。97年冬、事業所のテレビで、黄長ヨウ(ファンジャンヨプ)元党書記の亡命を伝えるロシアのニュースを見た。保衛部幹部は激怒し、「再びテレビを見たら、本国に送還する」と脅した。労働者の宿泊施設で起きたぼやで金日成(キムイルソン)、金正日(キムジョンイル)父子の肖像画が焼けると、部屋の住人は翌日、本国に送還された。
 アルバイトを重ね、自由へのあこがれが強くなった。05年1月、「1週間後に戻る」と伝えて事業所を出たまま戻らなかった。
 今、逃亡先で知り合った似た境遇の元伐採工4人と、ロシア人から時折もらう農業などのアルバイトをしながら、息を潜めて暮らす。いつ現れるかわからない保衛部の追っ手を警戒し、5人はあえて住居を別々にしている。不自由な生活を強いられ、逃亡資金はなかなかたまらない。2010年、2人の仲間が病で死んだ。「韓国に行きたいが、旅費もない。故郷に戻れば、死が待っているだけだ・・・

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動く極東 外貨を獲得せよ! 北朝鮮「人力輸出」ビジネス
216円(税込)

経済崩壊の苦境脱出のため、北朝鮮がなりふり構わない外貨獲得に乗り出している。ロシア、中東、モンゴル、アフリカ諸国、中国へは、森林伐採、工場作業などのための労働力を輸出。給料の大半を天引きすることで、国家財政を支えようとする。一方、自らを「愛国的な中国企業家」と称する北朝鮮国内の中国系商人「朝鮮華僑」たち約5万人は、北朝鮮と中国の橋渡しを任じ、北朝鮮への投資を進めようとしている。中国側は日本海へのアクセス確保という実利を見据えながら対応する。活発化する北朝鮮の官製ビジネスの今を活写する。(2012年6月24日〜25日、7700字)

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