1979年夏の甲子園、星稜―箕島戦は延長18回に及ぶ大熱戦となり、伝説の名試合として高校野球史に今も語り継がれている。その箕島を率い、2011年3月に死去した尾藤公(ただし)氏(元箕島高野球部監督)の足跡を追う連載第三部は、尾藤氏に関わった人々が知るエピソードや、朝日新聞社に届いた読者からの「思い出」を元に、尾藤氏の「魂」のありようを浮かび上がらせる。
◇第1章 「最高試合」なでしことダブる
◇第2章 山下監督「顔の練習」
◇第3章 加藤君、エラーじゃなく転倒
◇第4章 「ランナー出したら交代」
◇第5章 打撃投手に立候補
◇第6章 「粘りの箕島」幾度も
◇第7章 「この夏で辞めようと思う」
◇第8章 シャドーノック
◇第9章 放送や高野連の仕事
◇第10章 初めてアルプスで応援
◇第11章 球場で最後の仕事
◇第12章 31年ぶり 星稜―箕島OB戦
◇第13章 甲子園は心のふるさと
◇第14章 親友の田井さん思い出語る
◇第15章 快進撃 青春とともに
◇第16章 星陵戦 応援やめぬ母
「なでしこジャパン。星稜高校に2度追いついてサヨナラ勝ちを決めた箕島高校とダブる」「取られて追いついて。この展開は1979年夏の甲子園、延長18回の死闘を思い出します」……。サッカーの女子W杯で日本代表(なでしこジャパン)が優勝を決めた2011年7月18日、ツイッターやインターネットでは、各地の人たちが発信した、こうした言葉が飛び交った。
「最高試合」。79年の全国高校野球選手権3回戦星稜―箕島戦のあと、高校野球を愛した作詞家で作家の故・阿久悠は、この題をつけてスポーツ紙に詩を書いた。「奇跡は一度だから奇跡であって 二度起きれば奇跡ではない……勝利は何度も背を向けた 背を向けた勝利を振り向かせた快音が 一度そして二度起こったのだ……熱く長い夏の夜 人々の胸に不可能がないことを教え 君らは勝った」(抜粋)。
星稜―箕島戦で、1点リードされた延長12回と16回の裏、2死走者なしから放った2本の同点本塁打。女子W杯決勝で、1点リードされた後半と延長終了前に出た2発の同点ゴール。ピンチで選手たちに向けられた尾藤公(ただし)監督と佐々木則夫監督の笑顔、最後まであきらめなかった選手たちの闘志。32年前の延長18回を知る人たちの胸に、なでしこジャパンの決勝は、あの熱闘を思い起こさせたようだ。
「最高試合」は多くの「宝」を残した。星稜監督だった山下智茂・金沢星稜大特任教授(66)は「あの試合は、私の野球観、人生観を変えた大事な宝物」と話す。山下はあの試合の後、米メジャーリーグで活躍する松井秀喜らを育てている。
「尾藤さん、おはようございます」。元星稜監督で今は金沢星稜大特任教授の山下智茂(66)は毎朝、金沢市内の自宅の鏡の前で、自分の顔を見ながらこう声をかける。
笑顔、厳しい顔、優しい表情……。大きな鏡に朝晩約10分向かう「顔の練習」は、1979年夏の箕島戦後に始め、もう32年間続けている。
「顔は心を表すから。表情を見て、生徒が何を考えているかわかるようになりました」
対戦のあと、尾藤と仲良くなった山下は、尾藤の取り組み方を知って衝撃を受けた。その一つは、鏡を見て笑う練習を重ねた「尾藤スマイル」。エラーしても笑顔で選手を迎える姿勢に「待つ、信ずる、許すことができる監督。私と器が違う」と感じた。
星稜戦のとき、箕島のベンチには自家製スポーツ飲料をはじめバナナ、チョコレート、キャラメルまで持ち込まれていたことにも驚いた。
「高校野球に水は禁物」の時代。星稜も水にクエン酸を入れてベンチで飲んでいたが「バナナ、チョコなんて、これは負けるはずや」とへんに納得したという。「当時チームドクターをつけたこと自体、尾藤さんが大胆で、先を行っていたということ」と語る・・・
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1979年夏の甲子園、星稜―箕島戦は延長18回に及ぶ大熱戦となり、伝説の名試合として高校野球史に今も語り継がれている。その箕島を率い、2011年3月に死去した尾藤公(ただし)氏(元箕島高野球部監督)の足跡を追う連載第三部は、尾藤氏に関わった人々が知るエピソードや、朝日新聞社に届いた読者からの「思い出」を元に、尾藤氏の「魂」のありようを浮かび上がらせる。[掲載]朝日新聞(2011年8月31日〜9月27日、12200字)
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