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朝日新聞社

頂点はすぐそこに 光星3季連続準V

初出:2012年8月25日〜29日
WEB新書発売:2012年9月7日
朝日新聞

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 第94回全国高校野球選手権大会(朝日新聞社、日本高野連主催)で、青森県の光星学院が2011年夏から3季連続となる甲子園準優勝に輝いた。東北勢初の頂点に、三度あと一歩に迫った戦いを振り返る。実績を出し続ける仲井宗基監督と、監督の意志をうけ、決勝戦まで苦しい戦いを勝ち抜いた選手たち、それぞれの素顔を追った迫真のルポ。

◇第1章 同郷 尊敬し共に成長
◇第2章 選手の「対応力」磨く
◇第3章 認め、競い合う2本柱
◇第4章 監督の思い宿り一丸
◇第5章 歴史作る資格 十分


第1章 同郷 尊敬し共に成長/「もう1人が打てないのでは嫌」「一緒に甲子園を目指そう」

 光星学院の打線を引っ張ったのは3番田村龍弘と4番北條史也(いずれも3年)の右の強打者だ。ともに1年から中軸として経験を積んだ。2人はその打棒を、最後の夏にもいかんなく発揮した。
 アベックアーチが飛び出した神村学園(鹿児島)との3回戦。試合後の田村の言葉が印象深い。
 「どちらかが打って、もう1人が打てないのでは嫌。自分も打ちたいなと思った」
 この試合、北條が1回に左中間に2点本塁打を放ち、田村は次に打席がまわった3回、左中間に2点本塁打を放った。尊敬し合う仲であり、ライバルでもある。



 東海大甲府(山梨)との準決勝でも夢の競演は実現した。1、4回に北條が2打席連続でバックスクリーンに打ち込むと、9回は田村が3ランを左翼席に運んだ。「何が何でも決勝に行く」という4番の一振りに、主将が乗せられた。
 大阪出身の2人は中学生の時、ボーイズリーグの同じチームに所属した。捕手の田村と遊撃手の北條。進路に迷っていた中3の夏、光星OBで巨人で活躍する坂本勇人内野手に憧れ、「プロで通用する選手になりたい」と進学を決めた北條が、「一緒に甲子園を目指そう」と田村を誘った。
 地元の高校に進学しようと決めていた田村は考えた。「このまま大阪におったらあかん。根性つけたい」。親元を離れて、青森での寮生活を決めた。
 1年の夏。炎天下の中、1日10時間ほどの練習が続き、「朝起きて、もう練習に出たくないと思った」と北條。中学の友人から贈られた寄せ書きのことが頭に浮かんだ。「甲子園に出ろよ」「プロに行ってくれよ」と書かれていた。レギュラーのプレッシャーや先輩との上下関係に悩んでいた田村も「根性つけるために青森に来たのに。甲子園で活躍する選手になりたい」と思いとどまった。
 その頃から始まった「近距離バッティング」。本来より5メートル近い位置から打撃投手が投げ込む球を竹バットで打ち返す。「マメが裂けて血だらけになった」という北條も、「バットにかすりもせんかった」という田村も最後の夏には、きっちりとボール球の見極めも速球に振りまけないスイング力も身につけていた。
 春に続いて敗れた大阪桐蔭との決勝でも、2人の持ち味は生きていた。藤浪晋太郎(3年)からともに2三振を喫したが、フルスイングするという姿勢は崩さなかった。田村は中前安打だった最終打席を「ホームランか三振でいいと思った」と振り返る。北條も「自分らしいスイングができた」と胸を張った。
 光星の4季連続の甲子園は、2人が歩んできた高校野球人生そのものだった・・・

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