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スポーツ
朝日新聞社

新聞に書ききれなかったロンドン五輪日記

初出:2012年7月26日〜8月13日
WEB新書発売:2012年8月31日
朝日新聞

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 日本が史上最多の38個のメダルを獲得し、日本中が沸いたロンドン五輪。テニス、フェンシング、ボート、サッカーなどを取材した筆者が、新聞の紙幅にはおさまりきらないエピソードを「朝日新聞デジタル」につづったコラムを収録。テニスの男子シングルスで8強入りした錦織圭、銀メダルに輝いたなでしこジャパンのほか、ボートで5大会連続出場した武田大作の苦闘など、テレビでは脚光が当たりにくい選手にもスポットを当てた。

◇序章 駆け抜ける17日間、言葉に乗せて
◇第1章 宇佐美、稲本の再現なるか
◇第2章 被災の騎士、再び立ち上がる
◇第3章 テニス選手、3人寄れば…
◇第4章 夢絶たれた女王の「勝利」
◇第5章 芝の聖地、名物の雨 錦織の長い1日
◇第6章 激闘続く錦織、「スター」になるか
◇第7章 国のメダル争い、記者席でも
◇第8章 ダブルスカルになれなかった
◇第9章 フェンシング「第4の男」
◇第10章 「聖地」で目撃、勝負の非情さ
◇第11章 リオへ、それぞれの再出発


序章 駆け抜ける17日間、言葉に乗せて

 ここ数日、ロンドンは夏らしい日差しが戻ってきました。それでも、最高気温は20度台で蒸し暑くもありません。
 アテネ、北京の過去2大会のような酷暑とは無縁。アスリートたちにとって、快適な祭典になりそうです。
 プロローグとして、このコラムを書こうと思ったきっかけを書きたいと思います。
 ロンドン五輪は26競技、302種目があります。日々、会場を走り回り、次々と新しいドラマが目の前を通り過ぎていきます。
 五輪列車はいったん開幕すると、超特急で17日間を疾走します。
 過去の五輪取材を振り返っても、省かざるを得なかったシーン、掲載時に削られたエピソードがたくさんありました。紙面が無尽蔵にあるわけではない、新聞の宿命です。
 そして、そのとき鮮明だった記憶が時の流れとともにぼやけていく……。
 ノンフィクション作家の沢木耕太郎さんと、10年前に交わした会話を思い出します。2002年に日韓共催だったサッカーのワールドカップの取材のとき、AERAや朝日新聞に連載を持っていた沢木さんと、試合後に食事をする機会が何回かありました。
 あるとき、原稿を削るときの悩みがテーマになりました。沢木さんの場合、ワールドカップの原稿では、原稿用紙3枚半分の予定が、ついオーバーしてしまう。論旨を損なわないように削ろうとするけれど、微妙なところが消えてしまう。そんな悩みでした。
 でも、新聞記者の私からしたら、うらやましい悩みでした。日々感じている思いを沢木さんに話しました。「ぼくたちは何年も取材してきた素材でも、たいてい、50行とかでまとめないといけないんですよね。読者に伝えきれないもどかしさはあります」。原稿用紙にすれば、1枚半ぐらいです。
 沢木さんはその後、このときのやりとりを引用し、AERAで「3枚半では文句は言えない」と書いていました。
 話が脱線しかけましたが、電子版は字数におおよその目安はあっても、新聞に比べれば自由があります。フリーな世界が広がっています。
 トップアスリートの歓喜と落胆が交錯する五輪の記事を書く過程で、迷ったこと、新聞では書ききれなかった裏話も、盛り込むことができます。
 英国メディアは、批判精神が豊かで、個性的なアングルで五輪を切り取っていきます。取材対象への遠慮もタブーがない。その勇気というか、記者魂に感心することが多いです。
 そうした現地の新聞、テレビの騒ぎ方も盛り込みながら、ロンドンの香りや空気をお届けできたらと思っています。

2012年7月26日


第1章 宇佐美、稲本の再現なるか

 宇佐美貴史はロンドン五輪で、10年前の稲本潤一の再現ができるか。
 サッカー男子の五輪代表、関塚ジャパンの初陣となる2012年7月26日のスペイン戦を控え、そんな空想が頭を巡る。
 宇佐美は昨季、ユース時代から過ごしたガ大阪を離れ、ドイツ屈指の名門バイエルン・ミュンヘンに新天地を求めた。
 しかし、壁は厚かった。
 オランダ代表のロッベンとフランス代表のリベリ。当代屈指の突破力をもつウインガーの陰で、ベンチを温めるしかなかった。
 将来性豊かな人材がそろう「プラチナ世代」のなかでも屈指のエリートで、いつも日の当たる道を歩んできた若者にとっては屈辱の日々・・・

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