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朝日新聞社

中嶋悟のF1風雲録〔2〕 夢舞台・人生はレースとともに

初出:2012年8月7日〜9月8日
WEB新書発売:2012年9月21日
朝日新聞

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 F1グランプリ日本人初の通年参戦ドライバーとなり、モータースポーツ・ファンを日本中に広めた中嶋悟。風雲録2では、モータリゼーションが進んだ日本の高度経済成長期に、自動車とスピードに魅せられた中嶋の少年時代からF1選手時代までの秘話を披露。さらに引退後、レーシングチーム「ナカジマレーシング」の総監督に転身してからの獅子奮迅ぶりは圧巻だ。「世界一のレーサー」を送り出すため、若手選手の育成に情熱を注ぐ中嶋の現在進行形の姿を伝える。

◇第1章 運転に魅せられて
◇第2章 兄とは違う「1等」を
◇第3章 高校生、カートに夢中
◇第4章 1年で10万キロ走破
◇第5章 公道の「走り」に不満
◇第6章 鈴鹿を足がかりに
◇第7章 予選いきなりトップ
◇第8章 レース界、一躍有名に
◇第9章 チームメートで激突
◇第10章 本場・英でF3参戦
◇第11章 国内で敵なし状態
◇第12章 欧州F2、2位の自信
◇第13章 F1挑戦へ、仕掛け
◇第14章 ずっと個人チームで
◇第15章 夢舞台5年、監督転身
◇第16章 次の世代を育てる
◇第17章 F1、買いたかった
◇第18章 御殿場に拠点工場
◇第19章 支援はウィン・ウィン
◇第20章 ビジネスの舞台に
◇第21章 新たなファン、開拓
◇第22章 若手育成にも挑戦
◇第23章 F1のようなゴルフ
◇第24章 公道では超安全運転
◇第25章 人生はレースとともに


第1章 運転に魅せられて/小学生でハンドル握る

 「農家の納屋や庭は燃料油のにおいがしていた。あれが好きだった」。後にF1グランプリで日本人初の通年参戦ドライバーになった中嶋悟(なかじまさとる)は幼いころ、発動機の近くで長い間見ていることが多かったという。
 1953年2月23日、中嶋は岡崎市の約300年続く農家の次男に生まれた。
 姉2人の下に、2歳年上の兄正悟がいた。「正悟の弟が悟。名前を考えるのが面倒になっていたんじゃないかなあ。末っ子だし」と中嶋。
 父親の昇は1925(大正14)年生まれ。海軍の軍人で、客船を改造した特設空母・雲鷹(うんよう)で艦載機の整備兵をしていた。兄たちが戦死したので農業を継いだ。農地解放で手放した土地など自宅周辺の農地を買い集め、耕運機や脱穀機もいち早く買いそろえた。
 今は岡崎北高校や住宅、幹線道路が広がる一帯は、中嶋がものごころついた当時、水田や畑ばかりだった。徳川家ゆかりの滝山東照宮に続く道は未舗装で、たまに車が通ると、ほこりが舞い上がった。
 梅園小学校に入ってからは、父が田んぼや畑に行くときを狙って、敷地内で耕運機を運転させてもらった。「バイクみたいなハンドルを両手を広げて握ったな」
 父は本田技研工業(現ホンダ)のバイク「ベンリイ125」に乗っていた。小学校高学年のころ、中学生だった兄の正悟に自宅の前庭で荷台に乗せてもらった。すぐに乗り方も教わった。
 「テレビの月光仮面はバイクに乗って悪漢を追いかけた。小柄でも足はとどいた。父に隠れて、庭から出て走ることもあったかな。(道交法)違反だけど」
 小学校から戻ると、兄の正悟の後について遊んだ。夏は自宅そばの伊賀川で遊び、上流のため池で泳いだ。
 周りの農地や丘陵地、雑木林は次々に宅地にかわった。豊田市や安城市、刈谷市で自動車工場や関連工場が操業を始め、住宅が増え出した。
 丘陵地を崩すと砂利が採れた。冬になると、ダンプが砂利を積み込むのを見に行った。通っているうちに、砂利を運びだすダンプの助手席に乗せてもらえるようになった。安城市や西尾市に3往復した日もあった。見ていると運転の仕方もわかった。
 昼休みで運転手や作業員がたき火を囲んで弁当を食べているとき、頼んで採取場の中を1人で運転させてもらった。「クラッチはゆっくり離せよ」と教えられ、ローギアのままでぐるぐる回った。
 「ボンネット型だったな。座ると足が届かないので、立ったまま運転した。小学生がダンプを動かすのを、運ちゃんたちもおもしろがっていたんだろうな」
 父が最初に買った乗用車は中古の茶色い日産ブルーバードだった。家族がみんな乗り込んで箱根に旅行をした。初めて新車で買ったのも赤いブルーバードだった。
 日本でモータリゼーションは爆発寸前だった。
 63年5月3、4日。日本の自動車レースの幕開けとなる第1回日本グランプリが、前年秋にオープンしたばかりの三重県の鈴鹿サーキットで開催された。観戦客の多くはバイクや徒歩でサーキットを訪れた。車で走ることが、あこがれの時代だった。
 中嶋はまだ、自動車レースがあることも知らなかった。
 「クラスで身長の低い順に並ぶと、前から5番目前後だった」。自分の体力以上の力を発揮するものに魅力を感じ始めていた・・・

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